チィサナあきミッケタ
「だーれかさんが、だーれかさんの、だーれかさんを、見ーつけた。」
アレンジを加えられた童謡は、軽快なリズムと多少の音痴がより幼さを象徴するが、口ずさんでいるのは幼気さなど微塵も無いライフルが供の女兵士だった。
夕焼けに染まる丘の上には、座り込むパロディの歌い手と、近傍にもう一人、やはり女性がいるだけ。何を眺めているのか、茫洋な森を見下ろし佇んで、奇妙な動き方をしていた。
「目ー隠し、プーレイは、あーんます・き・じゃ・ない。」
サプレッサーの付いた小銃を構え歌手が狙い定める相手は、同じく歌を唄っているようだった。内容が聞き取れる程の距離であればさしもの彼女とて兵士という職業柄唄う訳にはいかないと気づけるだろうし、その間はそれなりに開けている。
「うーたうか、しゃーべるか、してなきゃだーめなのー。」
自身の癖まで交える頃にはオート機能が合致し、照準がこれ以上精密には合わせられないと言わんばかりぴたり、向こうの野に立つ女性をロックする。
「呼んでーる、くーちぶぅえ、死神のーこーえー。」
地獄からのスポットライトに当てられる女性は妙に躯をくねらせては、踊っているような、命を失う五秒前だというのになんと緊張感の無い事だろう。
「雉も鳴かずば撃たれまいに。……さよなら。」
兵士の歌は、やんだ。一方、歌姫の口元は依然メロディを紡いでいる。
引き金を絞り、今まさに銃弾は赤く燃ゆる空気を切り裂いて貫くのだろう、
瞬間。
相手の歌姫もまた歌をやめ、ゆったりと振り返る。木蔭に潜む暗殺者がいるなどと露程も気づけそうには無いまさかの、しかし方向は確実に兵士の視線と被さる。
継続されていた踊りはなめらかに手をくねらせ撓らせそして、胸元から何かを取り出した。
それが何かを判別する前に、遠方過ぎて判る筈も無いそれに気を取られ過ぎた兵士に、決別の撃鉄が落ちた。
轟音。
それ以外に、表しようの無いけたたましい。
回転式拳銃の唸り声は、女兵士を見事、容易く、打ち抜いた。
喉元が抉られ、呼吸だった筈のものは大半が願い虚しく洩れてゆく。
幸い即死はしないようだ。
しかしもう、助かりもしない。
残酷なまでの状況把握を済ませると、兵士の口元には笑いが浮かんだ。苦痛は確かに感じるが、歪な横穴から噴出す液体も、逆に入り込んでくるような隙間風も、何故だろう、愉快に思えてならない。
予想外の、事態。
可逆性は多分にありながら、微塵も想定すらしなかった。
戦場にあって散る命の期限は知っている。
それでもまさか、あんな小娘に、なんて大差もないけれど、ピリオドを打たれる日が来るとは。
ゆっくりと、上半身が倒れ込んで仰向き、大地という名の俎上に横たわる。
虚脱し苦しげな息の元へ、夥しく広がり始めた赤い叢へ、歌姫も駆けつけた。大きな双眸は俄かに輝き出し、なんとなれば涙を流そうとしている。
「雉も鳴かずば撃たれまいに……」
大笑いだ。いや、二人で大爆笑だ。
敵に哀悼の念を送る仕草も、同じ言葉を餞にするところまで、若しかしたら唄っていたのも同じ曲だったのだろうか。
「私ね、腕はからっきしなの。いつも役には立たないわ。」
射程距離の劣る拳銃でしっかり噛みついておきながら何を言っているのだろうか? またしてもおかしさの要因が加算される。
言葉に表せない疑問は勝手に、囁き声の歌姫が教えてくれた。
「歌だけが、取り柄で、歌だけは、雑踏でも銃声でも掻き消す事は出来ず耳に入ってくる。……そしてその歌の元へなら、寸分たがわず撃ち込める。」
私が対貴女に設置された理由がお判りかしら?
歌姫のネタ披露に満足げ、賞賛を送ってやりたいところだが既に許されざる世界、笑みを濃くすればどうにも皮肉と受け取ったらしく歌姫の顔は殊更歪む。だが醜さはそこに無く、寂寞を伴った美しさだけが映え。
「私達は、歌が無ければ生きてはゆけない。でも嘲笑の意味しか無い、無能な歌姫(と違って、御存知かしら? 貴女はセイレーンと、気高き歌の殺戮者と、そう呼ばれているのよ。」
羨望が故、歌姫は泣き。
その無垢さ故、兵士は自らを殺めたとのちに語られるであろう女性を抱きしめてやりたかったが、反応は指が僅かに曲がった程度だった。
「きっと私達、友達になれたわ。いっそ貴女こそ、生き延びるべきだったのに。」
殺し合いのギミックにそそのかされておきながら、なんてキレイゴト。
これ程までに戦場で、成る程無能な者は恐らく彼女一人だけだろう。
大粒の真珠をはらはら兵士の胸元に残し、意を決したよう歌姫は立ち上がった。
「……残りの時間を祈りを以て死になさい。然すれば涅槃へと旅立てるでしょう。」
祈りとは、神に対して捧げるもの。だが生憎と兵士は無神論者で、まだ融通の効いた片目を眇めて見せれば「悔恨に伏すでも、神を讃えるでも、何か願うでもいいから」と説いて貰っても、出来ないものは出来ないものだ。
せめてもの手向けか、歌姫は再び音を繋いで鎮魂歌を謡い出す。
血に啼くよう、魂総てを込めるかのよう、そしてそれを感じぬくらい涼やかに。
耳以外の穴という穴から――――本来ならば人には無い喉の穴からも、間断なく進入しては全身を震わせ、染み渡る。それは名にたがわぬ歌姫の歌唱力にのみ実現出来る絵空事。
聞き慣れない言語の歌詞も意味などわかるべくもなく、送りたい拍手は出来よう筈も無い。
代わりに兵士の目頭に、熱く、塊の熱が乗っかったように、それを鎮めるかのように涙がはらりと、地に吸われる。
多分、絶対に、彼女のように宝石みたいな、きれいなものじゃないのだろうという事実だけが、なんとなし、理解出来た。
無様に独り転がる女兵士は、取り敢えず頭の中で実行してみようかと素直に促されてみつつも、諭された祈りを行なうのはやはり難いと感じる。信じるべくものもないのに何を祈れと言うのだろうか。
「うーつろな目ぇーのいーろ、死にそうだーかーらー。」
無理矢理抉じ開け、歌姫に倣い残る何もかもを注ぎ込むよう、唄い出したのはまた同じ歌。
「おーおきな、すーきからあーきーのかーぜー。」
歌がすきなのね、そう勘違いした歌姫だけれど、本当はこの歌しか知ってはいない。
曰く、物心ついた頃には口ずさんでいたというのだから、自分が捨てられる前母の中ででも聴いていたのかもしれない。
「だーれかさんは、だーれかさんを、こーろしそこねて、ころされた。」
本当の歌詞も大して知りはしなくて、訳もなく脳に残された断片だけを拾い集めていつもでまかせを口にしてるだけ。
必死で繋げるよう、何かを。
「むーかしの、むーかしの、かーざみの鳥……てなんだ?」
或いはそれが育てて貰いたかったという愛情の残滓ならば、後悔の無い、するだけの暇も無い、生きている間には気づける覚悟も無いままに。
「ぼーやけた、とーさぁかーどこーろか、ぜ、ん」
喉元が固まり始めたのか、血潮が口腔中に満ち満ちて唯一の楽しみを、彼女に於ける生の象徴を、奪い取った。
――――何も喋れない。唄えない。
掠れた息だけが匂い血混じりに。
――――言葉が出ない。謡えない。空白を埋められない。歌えない。自然の音が溢れお前のいる場所などないと責め立てるように、母の胎内でさえ拒まれたように、何も、許されない。ウタエナイ。
不随意がみるみる兵士から命を消耗させて。
――――不安なの。不安でたまらなくなる。うたう事だけが快楽を齎してくれる。それさえも絶たれたら……
嗚呼そうか。今この時にこそ、私は死ぬのだった。
死が何かを知らないのは、生が何かを知らないから。
他者を殺めても哀しみが伴わないのは、生きるが故の僖びに身を焦がさないから。
そして今、たった一つのおもちゃさえ取り上げられて、その忌まわしさに、死を感じる。
死。
死んだら逢う、神様。
生きてりゃ逢わないから気にもしなかった神様。
若しいるのなら、歌姫(のように美しくあって。
導きの天使でもいい、どうせいけるのなら極楽であろう筈も無いし煉獄というのも希望的観測、等活でも阿鼻でも構わないから、せめて歌姫姿の閻魔に逢いたい。
逆流した血気が逃亡をやめない口元から語れない分の不満は、胸中の言葉数の多さで補うかのように、願いを決めた。
導いてくれるというこの鎮魂歌(が、どうか永遠に(響きますように。
健やかに眠れる時(まで、届き続けてくれますように。
ちいさいアキを、みつけてください。
女兵士アキの最後のウタは、血溜まりの中で咲いていた。
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++以下言い訳
と、いう訳でキリリクなんですが……ひぃっ!
テーマ、人来い来いは、最後見つけて欲しいところとか……
そんな事自供するようじゃまるで駄目ですねお話になりませんね! ひぃっ!
でもこれが候補の中で一番えぐくなかったとかいったら終いにはしばき倒されますかw
他のも大体メイン格の誰かを死に到らせなければ済まないと……
ただの趣味と言うなら悪趣味で乗り切れますが事ここに到ってライフワーク、
としか言いようが無いので救いようが無く。撃沈。
原曲の歌詞をちょいちょい弄っていたりしているので、お暇でしたら検証してみるのも時間の無駄でよいかも知れません←
※追記
妙に要望が高かったので歌姫の名前お披露目。どんな端役でも名前付けずにはいられないSaGaですから、出す必要が無かったら出さない、けれど名前はあったりなかったり。あれ、なかったりすんの?
イズモ:始めて歌手の生歌を聴いて痺れたアニメのタイトル(一部)。ってそんな理由かよ!
生歌はまじでいいですね。今もカラオケで唄うくらいその歌を愛してしまっています。
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