黒い風が泣き止むように
飛び出したのは、助けたくて。
共に時空を超えた仲間を。
その内の仇である一人の妄執を。
その想いの矛先である、誰かの祖先やも知れない人を。
だけど、その思いは届かずに、投げ出した命は決死の思いに救われて、無我夢中の対価に傷つけ苦しめた人の涙を思うと死の代償を払ってまでの行動が決して軽はずみでも況して無意味だなんて思わないけれど、それでも。
助けられなかった事実。
それは暫しを経て、時を超える力を用いまたたきの間にロボが魅せた森の復元力を考えても、同じ答えが巡る。
誰よりも緑の繁殖を願ったフィオナという女性は一生を掛けて、それでも恐らくはその生涯の内にこれだけ繁栄した深緑を見渡す事は不可能だったのだろう。
歳を取る事が無いとはいえ、疲れという概念が無いとはいえ、何年も何年も、フィオナを亡くしてしまった後も尚、何百年後かに迎えに来るとたかが約束の為に延々と孤独に、シルバードで飛び去った僅かな時間なんかじゃない、本当の歳月を過ごしたロボの草臥れた姿。
だけど、努力の成果に築いた森を本当に見て欲しかった人の、共にいて繁栄を願っていた、誰よりも緑を愛していたフィオナの運命も、変わらなかった。
死んでしまう事もそう。
だけど、それだけじゃなくて。例え希望を託せたとしても、誰より緑一色の風景を望んでいたその人は、未完成の夢の中で。
始めから理解っていた事だとしても。
決して万能なんかじゃない。
知らなかった時、想像で画いた事すらない能力。知った時、冷め遣らぬ興奮と共になんでも出来る気がした。そしてもっともっと知った時。
決して万能なんかじゃない、と。
今では、己に出来る事といえば時空を飛ぶ事、それがちょっと特別なだけだと、そんな気持ちが時折擡げる。
出来ないより出来る方が行なえる事は多く、故に更なる出来ない事を知る。
それでも旅は、楽しい。
それでも旅は、哀しい。
裏腹に付き纏う二つ。その中でクロノは、出来るならば苦しさを遠ざけ減らし、喜びを手繰り寄せ増やしたいと願いながら。
二度とも姉を救う事の出来なかった魔王は何を思っているのだろう。
宵闇と共に高々と浮かぶ月を眺め、穏やかな風が頬を打つ時、自然とそんな疑問が浮かんだ。
「なぁ、魔王。」
薪も燃え滓だけを残し、ちらちら木の体内に蓄えられた赤い名残が浮かぶ真夜中。ロボの軌跡があって始めて存在し得る大森林、その葉の隙間から漏れる、月と星の穏やかながら壮大な、厳かなる光の中で、ぼんやりとその輪郭を浮かべる人は、他の誰よりも溶け込んでいた。
マールは透き通る白い肌が浮かび上がって、ルッカは情熱的な眼鏡が光って、エイラは全てが引き立てに収まっていて、カエルは鮮緑が際立っていて、ロボは不可思議なコントラストで、皆それなりに似合うけれど、其々個性のように独自光る。
だが魔王はと言えば、本当に薄ら闇の中に掻き消えてしまいそうで、儚いというよりも、夕焼けが終わる頃から全てが彼のものとでも言いたげな、寧ろ世界が合わせて染まったかのような不遜。
「ちょっとさ、聞いてもいいか?」
実はこの魔王、という呼称も微妙に慣れないものがある。仲間だから馴れ合うというには彼はあまりにも孤立しているが、その呼び名は所詮は役職に過ぎず、マールが姫と呼ばれるのと同じで、それをいやがる彼女を知ればこそ浮かぶ感情は、かと言ってジャキと、遙かな古代に在った名前を簡単に口にするのも憚られた。
第一に魔王がそれを名乗っているのを聞いた事が無く、そう呼ばれたい節は到底見当たらず、知っているからといって知った顔で呼びつけるには、やっぱり溝が存在していて、かの遠い時代に置いてきたと、彼が自らそう呼ぶのであれば、全てを気にせず魔王で済ます事も出来る。
つまり指定がないからという単純なものではあるが、それが彼なりの決別の意思ならば、何も出来ず屈するしかなかった弱さごと置いてきたと言うのなら、やはりその名で呼ぶのは正しくはないのだと。
「あー、なんていうか、ちょっと地雷っぽい気もするんだけど。」
三言目になってようやく、魔王はその瞼を開き照らす星明かりとクロノを視界に入れた。
返事が無い不愛想さは最早当然の体で、取り敢えず立ち去る以外のアクションを起こした事から多少聞く気はあるのだと曲解し、クロノは言い辛そうなその内容をかんとか纏めようとする。
「その、さ。結局、なんでおれ達と一緒に旅をする気になったんだ?」
ある意味では、当然の疑問とも言えた。何せその運びはクロノが命を落としている間に交わされたもので、目が覚めてみればいつの間にやら協力しているという体制は中々に不思議なものがある。データだけ見れば豊富な知識や万能な魔力は頼もしく、実際大変心強いが、嘗て激闘を繰り広げ対立した者がだからこそ仲間になるというのは、一種の幻想のようなものではなかろうか。
ラヴォスと友達になれそうな気はどうもしないし、其々が心身傷ついても尚という意志がぶつかり合って生まれる戦いなのだ、そう易々と主張を折り曲げたり内心を穏やかには出来ない。
その最たる人物は、カエルである。
カエルにしてみれば、魔王とは親友を葬り本来の姿を奪った命の限り憎んでも永遠に憎み足りない仇。大事の前の小事なんて言葉で済ませるのは安っぽ過ぎる。それでも渋々合意したのは如何にラヴォスが強豪であるかを理解しているからであるし、何よりクロノを救うという悲願。もう二度と、仲間を失えないという気持ちも痛い程に伝わる。
だがそれは、魔王にも言える事なのだ。居辛いだとか居た堪れないだとかそんな殊勝な感情を有しているようには中々見えないが、歩み寄る事が無かろうと大切な人を失った過去があるからこそ今の魔王があるのならばカエルの心情も理解は出来るのだろうし、散々邪魔してきた小童達が、彼にどれだけの希望や、まさか安らぎを与えられるというのだ。
「貴様が気に入らないと言うならいつでも出ていってやって構わないが?」
「あ゜ー、だからそうじゃなくてさ。どうせそういうと思ったよ、全く。」
口調からしてその気配は滲み出ていたが、魔王ならばこの黒色の世界でも、苦笑いさえ見えているような気がする。
必死で、誤解を生まず、且つ意思をストレートに汲んだ言葉を探しあぐね、クロノが頭を掻いていると再び魔王が目を瞑った気配。
嗚呼本当に、今にでも暗闇の中霧散して、空気ごと支配されるような感覚。それでいて決して、そんな事も感じられないような錯覚。不安は、それを願わないから。
頼りになるからいなくなって欲しくない、というのも紛れも無く本音だが、なんの間違いか奇縁にて共に過ごす時間が与えられたのならば、知りたい、それは貪欲で純粋でちっぽけで、傲慢な。
願い。
「あんたはさ、充分一人でも強い訳だろ。ラヴォスに敵わなかったのは事実だけど、」
途端重苦しくなった空気に、再び言葉を選別しながらクロノは慎重に、しかし緊張はせずに紡ぐ。
「それはおれ達だって同じで、全然、歯なんか立たなかった。」
「……お前達だろう、チームプレーとやらで私を、まぁ一応破ったと呼べる形に持ち込んだのは。」
大変微妙な言い回しであるが、ぴったり正解でもある。多勢に無勢で困憊にさせたものの決闘の途中で現れたタイムゲートにより勝敗は有耶無耶だったのだからして。
だが、それなりに評価をしているらしいという珍しい意見だ。その時よりまた個々人の限界は変わってきているけれど、到底敵いそうに無いと見られた当時で、少なくとも誰一人死ぬ事無く拮抗に持ち込めた面を、くだらないと一笑に付さずきちんと認める事こそ、魔王たるものの器なのやも知れない。
「それでも、さ。おれ達は倒せなかったし……助けられなかったよ。」
助けられなかったのは誰か、指すところに思い至ったらしく魔王は木立に凭れていた背を自らに預け直し、堂々たるその立ち姿は実、魔王として夜の中に君臨していた。
「誰が貴様に助けて欲しいなどと懇願したのだ?」
「思い上がりに取れたなら、謝るよ。」
「嗚呼、今直ぐ平伏し土下座しても足らんな。」
全く冗句ではないのだろうから穏やかではないが、そんな言葉遣いや言い回しには慣れてもきて、という事はそれなりに仲間というのが板についてきたとも転ずるだろうか。
ちょっとおかしい。どころではなく飛躍し過ぎた。仲間という言葉が凡そ似合わないであろうNo.1の存在に思わず小さな笑いが洩れて、謝罪を要求したのに答えがそんなものとあっては次に何をされるかと、慌ててクロノは思い出し笑いだなんて取り繕った。
「助け、られなかっただろう? 目の前で何処かに行かせてしまった。それはおれ達にだって衝撃で、悔しかったのに、あんたにとってはずっと大切な人で、やり直す筈が繰り返して、もっともっと、……」
続く言葉が無かったのは、魔王がどのように感じたかを勝手に決めつけて代弁する事が憚られたのと、その想像を繰り返す度に停止する、同じところ。
若し自分がそれを体験させられたら?
誰が適当かは、姉弟のいないクロノには判別が付かず、例え続柄が同じだってどんな思いをいだいているかなんて千差万別。
ただ、古代に見つけた孤独の皇子は、たった一人の姉と、小さくか弱い猫にだけ心を許す少年だったから、きっと、大切なのだろうとは。
そんな大事な筈の人を、救う事無く、その過ちを正すべく努力をしても尚、報われず。届かない手の、行く先は蒙昧。
「マール達は頑張っておれを蘇らせてくれた。それは、勿論失うのがこわくて、いやだったからで、……なんとかなったけど、若しならなかったらと思うと、今更ながらにぞっとするし、みんなにどんな気持ちをいだかせたかなんて、想像も付かない。」
「また自惚れ、か。」
「っはは。手厳しいな。」
だが例え慢心のように見えたとて、受け止めなければならない事はある。死の山を越え厳寒の中途方も無い苦労の末に助けられた自覚を持たなければ再び命を軽んじてしまうし、その努力を正当に受け入れられないというならば蘇った価値も無い。
「助けられなかったのに、手を貸してくれるって、いうのは期待値が多少でもあるって事で、でも、それに報いるだけのその自惚れには、中々、いけないんだよなぁ。」
贖罪の念なんてただ自分を慰めるだけでこれっぽちも望まれてはいないだろうという現実。
それでも僅かながら思いを寄せてみるならば、既に助かった現実がある為比べるべくもないのだろうが、自分が招いたルッカの実験で何処かへと掻き消えてしまった、辿り着いた中世というとんでもない状況を受け入れながらなんとか強がっていた姿を目の前で掴めなかった、あの日のマール。
不安とか、自責とか、色々なものが渦巻いて、どうか生きていてと祈るような囁き声は、心中でさえおそれるよう、あまりにか細い一筋。
それをもう一度体験しろと言われたら謹んで辞退したい。御免だと、逃げられるものなら逃げ切りたい。
だがおそれず、若しかしたらと不毛に囁く欺瞞を払拭して、立ち向かい、そして敗れた、その姿は。
「でも、だからこそ、さ。仲間になってくれて嬉しいし、複雑だろうに受け入れてくれたカエルの気持ちも大切だから、なんとか倒したいよな。このみんなで、ラヴォスを。」
「ふん、そんな軟弱な精神で出来得る事ならばとうに達成している。」
いきなりぺしゃりと叩き付けられた気概も、挫けずにクロノは続けてみせた。馬鹿にされているというよりは、発破のように受け取れたから。
「いや、本当にすいませんでした。じゃ、倒そうな?」
「やはり馴れ合いは貴様のような腑抜けがする事だな。何故貴様なんぞに助けられてしまった過去があるのか、悔やんでも悔やみ切れん。」
「嗚呼、そっか。一応そういう体になるんだよな。じゃ、義理立てなんかでもあるの?」
「……悔やみ切れん。真(に遺憾だ。」
パーティーメンバー中最も捉え切れないと思われる男が、此方に対しても全く同じ意見を持っているのだと、知らずクロノは微笑んだ。
相変わらず輪郭は月のようにぼやけ、風貌はしじまの王者のよう、靡く髪は風に邪気を含め、遙かな夜を支配していく。
「全く、遺憾だよ。迷惑極まりない。」
甚だ迷惑そうな鼻息の割に、口角を上げたまま、カエルは二人のやや後方で眠たげにぼんやり呟いた。
二次へ
廻廊へ
++以下言い訳
カウントダウン記念なんて言いながら全くそんな事はないんですがまぁ時期的にって話(笑)。
それなら魔王様が書きたい魔王たまー!! お前は中世のモンスターか。そんな段取りで魔王様出番ですよ。因みにタイトルはジャキたんの名台詞(勝手に)である死の宣告、「黒い風が泣いている」から。泣かないようにしないとね、ジャキたんが(爽)。
取り敢えずゲームの通り三人編成にしてみました。魔王様が仲間になった瞬間からレベル上げや技・魔法を覚えさせる理由で組む以外は必ず魔王様がいる事確定なので。ガチです。
相変わらずクロノのキャラクタが掴めないんですが、やはし会話してくれないとどうも……、取り敢えず書きたいネタによって多少変動しそうな予感です。予感は予感。
あ、それから魔王様はゲーム内で復讐の為ラヴォス倒すとか言っていますが何より一番最優先の願いはサラちゃん奪還ですから。おれの中で決定事項ですが何か?
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