しとしと、だとか
ざぁざぁ、だとか
全部、間違っている。
暗闇の園に横たわり、気だるく外界を見つめて貴子は一人ごちた。
豪雨が世界を彩っている。此処に満ちる闇色のリーフェが侵食し穢すのを拒むように、既に触れてしまった汚れを浄化するように。
そしてその恵みは決して、閉ざされた、貴子のたった一つの安住の地までは、犯さない。触れる事さえ穢らわしいと思っているのか。
きっと、そうね。だって私は、世界から拒絶されたモノ。
禍つユメの名は白昼夢
暗黒の蔦がインテリア代わり、足に触れる床は波紋を生み出す、冷たい泥の沼。
三つ程の波が壁もない部屋の向こうへ掻き消えると、黒衣に身を纏った男――――本来なら息をする事もままならないだろうに好き好んでわざわざこの、宛ら地獄へとやって来た、細が何処からとも無く現れる。
否、貴子が気が付かなかっただけだろう。リーフェナイトとして生きるべき彼は、一つだけそのリーフェの環から外れし、この空間を満たす闇という名のリーフェ、躯を蝕むだけでしかない瘴気に当てられ薄弱としている。
ぼんやり浮き出る白い肌と髪だけが奇妙に、生首のよう近付いてくるのを眇めて待ち構え、それから好きなように手を取らせた。
「どうかした?」
「別に。」
即座の素っ気無い回答も障らないようで、細はゆっくりと繋いだ手をいとおしそうに恭しく引いて、腰を落とす自らの膝上に貴子を乗せると、別の生命体のように蠢く黒耀の長髪を別の片手で梳きながらそっと、口付けを落とし。
「もうじき、夜が明ける。」
「……夜明けはきらい。」
どうして?
言葉無くとも視線が語る問いかけに、答えないまま貴子はその目線を外した。
「太陽の光って、すきじゃないの。眩し過ぎて、直視も出来ない。」
決して陽光など訪れない空間にいながらにして、今尚焼かれるのように細めた目をそれでも足りないと隠す為、瞼を閉じる。
「それに夏は、火傷したよう、火脹れみたいになるのよ。」
「嗚呼、肌、弱そうだもんね。」
得心の声が気に食わなかったのか、重なる掌に爪痕を残し、舞い降りる。
傷口からじわり血が滲み出ても、愛でていたビロードに頬をはたかれても、細に広がるのは柔らかな笑み。
「気に食わないのは、貴方もよ。」
宝石が埋め込まれたような大きな、瞳が揺れるのは、光を乱反射しているのか、足下の泥濘のように濡れているのか。
「意味がわからないもの。」
存在ごと否定されて、それでも笑顔のまま加算されたのは、哀しそうな歪み。
何故? 事実なのに。
其処にあるだけで、命を消耗するような、こんな。
常しえの夜に、いる、意味なんて。
ちゃぷちゃぷと。
楽しげに水際で爆ぜるような水音を立てて遠ざかる貴子に、細はもう一度同じ言葉を投げかけた。
「もうじき、夜が明けるよ。」
「それでも貴方といるよりはマシだわ。」
皮肉な笑みと言葉を湛え、貴子はしじまに掻き消える。
朝になりきれず、靄を立ち込めて、昼間に人々を迎え入れる温かみなど欠片も無く、遊具をしとどに濡らす公園。
何も無かった中空に割るよう線が入って、広がって円になり、渦巻く黒から現れた、尚濃い黒と、正反対に白磁の肌。
貴子は大地に足をつけ、水分を含んだ重い砂利と水たまりに足をつけ、結局場所を変えてみようと永遠に離れられない泥の手。
振りそぼる雨は纏う闇のリーフェが一つ残らず排除して、指先一つ濡らす事も無く、軽やかにステップを踏んで滂沱の中、
踊る、踊る。
ひらり、ひらり。
漂う白昼夢、否、今こそ夢の時間に相応しい時。
はしゃぐ幼気な笑い声も、見守る母親達の談笑も、健康の為のジョギングも、何一つとしてない。
露を零す葉の撓垂れ、打たれて折れそうな花弁の曲線、剥がれかける塗装、無機なものだけ。
それがこそ、心休まるなんて。
刹那い話ね、私も、生きて、いるのに。
観客に僖びを示しながら、しかし一つの命の微弱な鳴動を聴き、貴子は足を止めた。
指を滞空させたまま、ちらりと見遣る方向には、薄汚れ叩き付ける猛雨に耐えかねたのか半壊しているダンボールの箱。小汚い毛布に包まれ、そんなものでは凌ぐ事叶わず暖も取れずに小刻みに震える、毛むくじゃら。
小犬は、あからさまに捨てられた体で気休め程度大樹の影で雨を避けている。
好きに動けばいいだろうに、濡鼠を良しとし頑として動かず、一時の過ちを悔いて誰かが迎えに来るのを待っているのかの、ような。
「気に食わないわね。」
薄茶色の短毛を振るっては水滴を落とし、甲斐無くまた雨に振られる小犬を睨めつけてみても、怯まず、気にせず、何か別の、もっと他の事に一身を傾けている生命体にとっては、何も。
「あんたは何を待っているっていうの? 捨てられたのよ? わかるでしょう?」
わからないの?
そう聞かないのは、優しさなのだろうか。
それとも自身もまた、同じくした体験があるからだろうか。
決め付ければ、幾分か楽だと。
淡い期待を懐き続けても、容易く打ち壊されるだけだと。
「誰もあんたを待っていやしないし、迎えにだって来ない。帰る場所なんてないのよ。」
そう、まるで、同じね。
二度と帰れない、家にも、仲間の元へも、リーフェの輪の、中へ、すら。
過去も、現在も。
重ね合わせては同情出来る、その存在。
ただの、気紛れのつもりで手を伸べた。
差し伸べた指先の、匂いを小犬が嗅いで。
触れ合う、瞬間に。
闇のリーフェが犬の全身を取り込み、淡い優しさごと飲み込んで。
暗黒を宿す、暗黒に魅入られた、その力は。
見る見る内、衰弱しきっている小さな躯に追い討ちを掛け更なる窮地に追い詰めて、そして、
そして、消えた。
跡形も無く、消失した。
ダンボールの抜け殻と、毛だらけでびっしょり、ぬくもりもない毛布だけ。
痕跡は、悟るに遅過ぎた心に更なる影を翳して。
「そう……そうよね。私は、そういう存在なのよね……」
震える両腕を己で抱く。それは孤独の象徴。
「等しく滅びを与え、この世を終わらせる為。全てを憎み、消し去っても余りある。」
涙は、零れない。
「きっとあの子も、このまま飢えと寒さと孤独に苛まれるより、良かった筈よ。」
自らを宥める慰めさえ、嗚呼なんてくだらないのだろう。
円らな双眸は、消えたぬくもりの在処を探して。
自分に相応しくないものに、手を差し伸べた代償に身を染まして。
災妃(は一人闇の中へと消えた。
例え迎える者あろうと、彼女の心が変わらないままなら、永遠に独りと変わらぬ闇の中へ。
ただ、ほんのちょっと、ぬくもりに触れてみたかった。
ただ、それだけだったのに。
どうしていつだって、私の手には届かないまま。
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++以下言い訳
細誕祭への愛を示すつもりで書いてみたけれども、嗚呼嗚呼嗚呼。つまり惨敗です。
なんだかもう、本当に、祝いどころじゃなくってね。性分と言えば、そうなんですけど。
流石に年末最後の更新がこれなのは滅入ったので、来年二次創作一発目に回そうかなぁとも悩み。
おいおいおいそれもどうなんだ。始めから暗いのもあれだろう。今年の恥は今年までに!
恥かどうかはさて措いて、うんうん唸りながらも2007年最後の更新は結局プリーティアにしてみました。
但し闇細は大変鬱々なので大部分削除しました。細誕祭の意味知ってるかお前。
いやいやいやこれでも彼是推敲した結果なんですけどね。哀しいかな、これ以上どす黒くしてどうするかと。
性分とは言ってみたもののいまいち割り切れていませんね。
取り敢えず年末更新にプリーティアが来るのが恒例になったらいいのになと思いつつ。
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