烏が喜んで寄り集まるような、ハイエナが我先にとたかるような。
 血の霧と肉の焼ける音、腐臭が立ち込める密林地帯。
 そこは生と死の最前線。


 
マリッジレッ


 山間の森に潜むよう設営されるキャンプにようやく引き返してきた一団は、命辛々に。骸の朋を連れ帰る程の余力は無く、誰もが四肢の一つを失い、意識を薄弱か朦朧か混濁としながらもホームへ、帰って来た。
 その事への安堵に保っていた皮一枚が緩み途端に屍と化す者も多く、負傷兵の周囲に看護隊が駆け寄って、その中でも一際損壊の著しい女性は、よたよた、覚束ない足取りで尚歩き続ける。
 留めないのは、無意味だと知っているから。
 最早手の施しようの無い人間を相手にするより可能性のある人間を助けるべきという意味でも、末期(まつご)くらいすきにさせてやりたいという意味でも。
 その女性は、五体満足の半分くらいの躯で、一歩一歩を踏み出すごとにぐらりと揺らめいた。散発するテント、その合間で忙しなく働いたり力無く座り込んだり既に息を引き取っていたりする同胞の林立を抜け、やがて視界に入った大きな背中目掛けて、鳴き声の如く気の抜けた音を上げた。
「大佐ぁ〜。」
 表面がごっそりと磨り減った頬に、伝う涙さえ滲みて又痛みが走り、ぼろぼろ、決壊したダムも顔負けに落涙し続ける女性は、 焼夷弾(ナパーム)に焼けた躯を限界まで酷使して、その名を呼ばれ振り返った、がたいのいい、やや気難しそうな表情をする男の、まさに目の前で倒れ込んだ。
「大佐ぁ。こんな、ぼろぼろになっちゃった。まだ嫁入り前なのに、こんなんじゃ誰も相手にしてくれないよねぇ。」
 的外れな心配に胸を痛める女性に跪き、幾つも傷を持つ厳めしい顔の大佐はそっと仰向けに女性を直してから静か、その手を取る。
「何を言う。少尉の働きを見れば、誰もが惚れ惚れするだろう。もっと自分を褒めておけ。」
 そんな慈悲の言葉に目を真ん丸く引ん剥いたのは、大佐の口から聞いた事の無い単語がぽろぽろ零れた事や、空々しく聞こえるくらい冷たい声色に。
 想像だにしなかった大佐の随分と、冷静だけれど優しい態度が、珍しくて、心地好くて。
 驚きが内臓を刺激し喀血する少尉を優しく抱き起こし介抱しながら大佐は、もう無駄なのに、考えもしないようで。
「うぅ〜。折角大佐が優しくしてくれてるのに、こんな、血反吐とかまで吐いちゃって、そんなん女失格じゃないですかぁ。きらわれて当然で、結婚なんて出来やしないんだぁ。」
「そんな事は無い。寧ろそんな肝っ玉の小さい男なら願い下げだ。そうだろう?」
 声は起伏に乏しく無感情のようだった。だけど繰り返される否定は、なんてあったかいんだろう。
 声には比例して、言葉には反比例して、感情の込められない瞳だったが気にせずそれに向かって少尉は微笑んで、弱々しく片手を挙げて口元をせめて綺麗にしようと拭う。血が拭き取られるどころか寧ろ手の泥が付着して惨憺たる結果に終わったが、大佐の瞳は揺らぎもしない。
「じゃあ……じゃあ、大佐が責任とって結婚して下さいね。こんな女の子を戦場に引き摺り込んだんだから。」
 冗談で終わればなんて素敵な遺言だろう。
 しかし大佐は頷きを返してくるものだから、予想より感動が、生まれた未練が、それでも幻が叶う夢見心地。
「……っへへ、嬉しい。約束、です。」
 陽気な態度に照れを見え隠れさせながら再び手を伸ばして、ごつごつと節くれだった大佐のそれに触れ、左の薬指に血塗れた己のを絡め、赤いエンゲージリングが施される。
 婚姻の約束を目にも見える形にすると、少尉は瞼を力無く降ろし、健やかな(ねむ)りに就いた。
 大佐はそのまま動かず、半身が抉れ肋骨の飛び出す少尉を、抱きしめなかったがただ、静か黙祷を捧げ。

 やがて二人の横を何度と無く、死体を載せては何処かで下ろし又運んでいく荷台。往復に草臥れる兵士を呼び止め、少尉を頂上に置くとそのまま死体の山へ連れて行くよう指示を出す。
 感情の見えない指示に感情を見せず兵士は従い、積み上げられた同僚達の墓にも値しない肉の塊が、いやな臭いを放ちながら轟々と燃える麓に、乱雑に荷台を傾けて滑り降りる肉塊達。
 その外周に並び立つ焼く係は、間近に熱源を持ちながらも照らし出される表情があまりに、無味乾燥にのっぺりし過ぎて奇妙に読み取れない。熱過ぎる光源に焼かれたかのよう、ただ流れ落ちる汗がてらてら輝きを返すだけ。
 その足下で蹲り、使い回し出来るものが無いか衣服を剥ぎ取り物色する係の者は、同じく少尉を屠ってから、といっても半分くらい常態から減っているせいか調査も等閑な程に手早く、かちかち山に投げ入れた。
 脂肪に引火して爆ぜる火花に焦げる腕も気にせず続行する焼却兵と同じ程度の距離で、零れ落ちてこないよう三叉を用い死体を抑える兵士は、鼻を突く悪臭に辟易しながらも少尉を更に上に突き上げ、より燃え盛る炎の深遠なる奥に押し込める。
 空の茜色は、真下の炎を写し取ったかのような色。
 煙にも炭にも変わるのにはまだまだ時間が掛かるだろう。それでも立ち昇り始めたきっと違う誰かのゆらめきの、中に少尉の魂を見立て大佐は一瞥くれると振り返り、消耗しきった残存兵が掻き集められた最後の舞台に向かい、少尉に向けていたのと全く同じトーンの、先の焼却兵よりもっと感情の把握出来ない声で。
「最早負け戦は確定しているがそれすらも我々最前線には大した問題でもない。故に今後の予定も変更は無い。因って各自持ち場の任務を終えたら備え休息ののち、二二丸丸夜襲へ向けての行軍を開始する。」
 それは何十回目の弔い合戦?
 燃焼し尽くす為だけの、精一杯戦ったのだと口頭で伝える為だけの、宛ら消耗品。
 それでも闘いの場で人間は、最後まで互いを屠り合う。


























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++以下言い訳

あ、造語ですw いやあるのやも知れませんがただのマリッジブルーとの対比なので。他のタイトル案は、マリッジリングになり損ね、とかどっちみちいい意味じゃないなぁ。
マリッジブルーは結婚前の不安定、或いは不安に陥る様子を指しますが、少尉の様子からして差し詰めマリッジレッドは結婚に燃え上がり過ぎていて現実が見えていない感じでしょうか(酷)。

勿論戦場のどうたらこうたらは疎いどころか情報源がシティーハンターなくらいの初心者ですから(わ)彼是堂々の嘘っぱちや年代考証からおかしいなんて緻密なミスもあったりなかったりするんでしょうがまぁその辺を主眼に置いた話ではないのでね。戦うバカップルみたいな。いや戦ってないしカップルじゃないし馬鹿一人だけだし。お前はあれか、ひょっとして少尉がきらいなのか。
ほら、いじめる事で表現する愛ってあるよNE☆

大佐に愛があるか否か。それは当然の如く、御覧になった方が好き好きに受け取ればよいかと。優しい嘘、死者への手向けってのもずばり美味しい(もそっと表現なかったのかお前)。
ただ明日の決戦も、彼は血の指輪を外していない事だけを追記しておきます。つまりアイドルと握手したら小便をしても手を洗わないあれですねわかります。
因みに役職名で進めていたので今回は名前がありませんでした。でもなぁ、大佐とかなんだとかって其々思い入れのあるキャラクタ専用の階級で呼ぶ人いるよな……まぁいっか。