「音って、不思議よね。」
音色が本音だと、弾き出す。
擽ったくて、細は笑った。
「不思議? 変って事?」
「ううん、そうじゃなくて。なんて言えばいいのかしら……
御伽噺でもRPGでも、風とか光とかの力を借りるって、色々に出て来るでしょう? 炎は熱気、氷と水は別であって、そんなところに現実味を感じるけど、でも。」
読みかけの本を閉じる。著名な作家の童話より、身近にあるファンタジーに心をときめかせる、貴子の瞳は耀いていた。
「音って、あんまり聞いた事がないから。なんだか、不思議だなって。だからかな、細もとても、不思議に感じるの。」
笑顔に悪意なんて欠片も見当たらなくて、だけど不思議は、面白いと、おそろしいと、両面を持ち合わせているから。
素直に受け取れず、細はぎこちなく、微笑を直した。
melody earth
「僕は始めから音のナイトとして生まれてきたから貴子のいう不思議は、理解出来ないな。」
「あ、ごめんなさい……失礼な事、言ってしまったかしら。」
細の曇りを見取り直ぐにでも、貴子に咲いていた笑みも翳りが差し込んで、慌てて細が首を横に振れば、それでも貴子は申し訳なさそうに俯いてしまう。
「なんて言ったらいいのかしら。気がついてみたら、他の何より、一番触れているものなのよね、って。
――――そう、気がついたの。無風状態や、本当の常闇や、他のみんなのリーフェを一切感じない時ってあるけど、でも、音だけは決して、離れないの。」
述べる際必ず風が先頭にある事は無意識なのか、それこそが細をまた無意識に落ち込ませて、互いに無意識であれば、ずれ合う感覚は傷を知らずに。
「心臓の音とか。無音にさえ、音はあるのよ。そう思う。どんな時でも、傍にいてくれるのね。」
言ってから形にしてみれば存外恥ずかしい台詞だったと今更頬を染める貴子にそっと歩み寄り、細はその手を取る。意味ありげに、妖しげに。
「光栄だな。貴子にそんな風に、思っていて貰えたなんて。」
「あ、ううん、でも、だから細が音のリーフェナイトって、ぴったりだって。よかったなっていうか、嬉しいっていうか、それは、本当。」
焦って振りほどこうとする手を決して離さず力を込めれば、より貴子は朱を濃くしたけれどそれでも、それ以上牽制は行なわれない。
ぬくもりを無くすのがおそろしいと、例え、誰のものであっても。
「だから僕と一番プリートする回数が多いのかな?」
「細のフォローは、やり易いから。」
「じゃあ颯とのプリートが少ないのも頷けるな。あれはフォロー下手だから。」
「ううん、そんな、颯のせいじゃなくって……」
「風は、遠い。とても遠くに簡単に行ってしまう。」
その声は、一段と遠く。
「光は、瞼を閉じてしまえば、ぎゅっ、て強く瞑ってしまえば、直ぐにでも掻き消えてしまう。」
その声は、一段と重く。
音が身近であるというなら、例えば同じくらい光だって消え難いものである筈なのに、頑なに拒絶の余地を残すから。
或いは蛍を苦手にしているのかも知れないと仲間を思い遣る細の心に届いた貴子の、何処か幼い悲痛な声は、そんな表面的な事じゃない。
根本的に、まぶしさをおそれているのだと、告げて来る。
「水は、きれい。とても清らかで、純粋で、罪が無い。」
その声は、一段と暗く。
「氷は、美しい。人の創る模造品の何よりも完成度が高い宝石みたいね。」
その声は、一段と細く。
「熱気は、本当に熱くて、私には中々触れられない。」
その声は、一段と弱く。
「植物は、その生命力の強さが見せる本当の自然に、私は人の業を見てしまうから。」
その声は、一段と脆く。
「そしてそのどれも、人が創り出すにはあまりに大変なものばかり。だから、」
だから歌うだけで、こうして言の葉を繋ぐだけで、私にでもそばにいてくれる音が、凄く優しくて、すごく、すき。
「細? 大丈夫か。」
心配の色濃い颯になんとか笑顔を作って立ち上がると、その後ろで貴子がさめざめ泣く、小さな背中。
「ごめんなさい、私、全然上達しない………ちゃんと戦えなくって、また、細に、け、怪我をさせっ」
「仕方が無いさ、まだプリーティアになって日も浅いんだから。」
いつもの定型文で慰めてみても、頭を抱え酷く揺さ振るばかりで、いつまで経っても貴子は泣き止めずに、颯の影から出る事すら。
「貴子が無事なら、よかった。それ以外なら何も問題は無い。大丈夫、僕らはその為にいるんだよ。」
「やめてよ! そんなの、そんなの全然嬉しくない!」
いつにない激昂に、誰もが驚嘆と不安を覗かせ貴子を窺うが、唯一触れてもいいと許されている颯は不器用にその肩を抱き寄せる事しか思いつかずに、細は目の前にいながら何も出来ない自分も、隣にいるくせにまともな応対一つ出来ない颯も、腹立たしくて、もどかしくて、歯痒くて。
「もういや、もういやなの。……ごめんなさい、誰か、他の人を探して――――」
もう何度目かのさよなら。
颯のぬくもりさえ振り切って、貴子はゆく当ても無く走り去ってしまった。追おうと思えば誰もが出来たが、絶縁を叩きつけられた張本人の細が制するものだから黙ってただ、緑髪が棚引く様を目の端に残して。
「何故追わないんだ。あのままじゃ」
「貴子がかわいそう? それとも、プリーティアをやめてしまうって?」
いつになく低い音程の声に、穏やかな普段を知る皆がぎくり、背筋をぴんと立たせる。
「どっちもだ。そりゃ、俺はフォローとかは苦手だけどな。不慣れな戦いで苦しんでるなら」
「それだけしか見ていないならフォローにだってなりはしない。それだけじゃ、無いんだ。」
二度の断ち切りに颯は業を煮やし、抽象的な事しか口に出さない細の肩を引っ掴んだ。
「お前、何言ってるんださっきから。全然、理解らない。」
「努力が必要だよ、颯。嗚呼、僕にも説明力がいるし、君にも納得するだけの度量が必要だ。」
「細! 言いたい事があるなら、はっきりしろよ!」
「……出来れば遠慮させて貰いたいな。」
冷たく、双肩に掛かる掌を払う。これまでそんな仕打ちをされた事が無かった颯は動揺して、それ以上言及出来ずに恐らく後を追うのだろう貴子の進行方向へ歩を進めた細を、誰もが止める事に躊躇って。
「俺が貴子とプリートして貰えないから、だからわかってないって言うのか……?」
的外れだと、誰も教えてはくれないまま、颯は一人坩堝を泳ぐ。
戦闘の痕が残り痛む足を重たく引き摺りながら、細は雑踏に数多溢れる音の中からたった一つのか細い音色の為に神経を研ぎ澄ませ、より躯を酷使して。
細は、貴子の中で既に芽生え始めている一つの感情を、音の変化として受け取っていた。
それ故に成長を望み、
それ故に届かぬ現実に歯噛みし、
それ故に傷を想像しては身を凍らせて、
それ故に深まる孤独は、
それ故に貴子を苛めて、
それ故に逃げ出す事さえ厭わず、
それ故に表層的な優しさをきらって、
それ故に、
それ故に。
どんな時でも、傍にいてくれるのね。
甘い声が、蝕むように、痛みを癒す。
光さえおそれるべきものだと、泣いている胸の内は子供のように、脆弱だった。
対象も、思い出すら、何であるのかさえ彼女の育ちを知らぬ細には思い馳せられない領域でしかなかったけれど。
だから細が音のリーフェナイトって、ぴったりだって。
はにかんだ時の笑窪が、かわいらしさを助長する。
だけど奥に震える孤独は、決して正体を明かしてもくれない。
手を重ねても躯合わせても心までは、一つになる事を許してはくれない。
私にでもそばにいてくれる音が、凄く優しくて、すごく、すき。
それはなんて喜びの歌?
例え細である必要が無くとも、細でなければよりよいと思う無慈悲も、それすら包み込んで。
ほんの数瞬前に紡いでくれた告白が、これ以上無い心の寄る辺。
すごく、すき。
「嗚呼、それが僕の事であったなら、もっと君の傍にいられるのに。」
裏腹に潜む愛しの翳は、白ではなく、蒼をモチーフにした。
遠いと呼んだ、それは距離より、憧れに似た、警戒心。
命を懸けて共に挑む仲間にさえ、微笑みか泣き顔しか見せようとしない頑ななまでの貴子を、誰もが未だ掴む事も出来ずに。
一際薄弱とした声はその性質から捕らえ難かったが、逆に掴んでしまえば辿れる尻尾。
漣が支配する夕暮れの浜辺には、音を一番の味方として寄り添いながら、小さな背中が蹙まっている。
「貴子? 隣、いい?」
直様目の前に現れる事も出来ただろうに敢えて遠方からかけられた声に、小動物のように飛び上がりながらも怖々振り向いた貴子はそっと、腰掛けていたへりの、隣一人分の砂を掃って待っていてくれた。
「僕が軽率だったなら、先ずは謝りたいな。リーフェナイツって結構独自の生き方してるから、世間知らずって言うか、中々機微に疎くって。」
「ううん、ううん。違うの、私、私は私が一番、もっと、私が……」
ひたすらに己を否定する材料を探しては、有り余り過ぎてどれを選んでよいものやら口籠る貴子は、結局何も選択出来ずに小さな声が波に呑まれる。
「捨て身とか、自己犠牲とか、そんな高尚な精神じゃなくて、本当に、プリーティアはとても、大切な姫君だから。」
「わかってるの。だから、余計に期待とか、みんなの事考えると至らない私が本当に、一番、許せない。」
足元の砂を見つめる貴子と、水平線を眺める細は、互いの視界の端にしか互いを捉えられずに。
「例え僕らとしての形が消えたとしても、ナイトは必ず代わりが生まれる。」
「そうじゃない、そうじゃなくってっ」
「だから、身を挺して守るのが当然と言うか」
「――――それがいやだってっ、云ってるのよ……!」
堪えかねたように憤然と立ち上がる背中は小刻みに、おそれより、いかりに震えて。
「道具みたいな、そんなの、いやなの。みんな生きてるじゃない。新しいナイトは、同じ顔をしているの? 同じ声で同じ性格で同じように、道具として死ぬって?」
ようやっと振り向き交わした視線は、噛み合わない温度差が、同じ場に座しながら異次元にいるよう、互いに孤独を覚える。
「じゃあ、それはじゃあつまり、私も消費されるだけのモノって事でしょう。プリーティアって、名前が大切なっ、」
「そんな事は無い!」
「同じ事よ!!」
平行線染みた言い争い。
傷ついているだけが明白な貴子の声がまた、細をゆったり蝕んでゆく。
伝えられる痛みは、慮りと、己への回帰。
「いつだってそう、私はいつだっていらないのよ。慣れるくらい、いつだってそう。
みんなにとって必要なのは求められて創った私の答えで、その為にその後ろに本当にある私なんて、誰も要らないって!」
「見つけようとしたって、いつも閉じ籠ってるじゃないか! どれだけプリートしたって僕達にさえ見えて来ない、本当の君がじゃあ何処にいるって云うんだ!」
語気を荒げた細のらしくない態度に怯んで、貴子は眦に雫を留めたまま握りしめた拳を下ろし、突かれた核心にたじろいで後退る、足跡が弱く砂に刻まれる。
「思い込みで自分の世界に住まうのは楽だよ。僕らは君の事、少ししか知らない。出逢ってから、重なった分しか。君が笑って見せてくれる、姿しか。理解らないんだ。わかりたくっても、わかりたいって、どれだけ思っても。」
弱々しく告げる、波にさえ負けてしまいそうな、それでも音は、淡くとも響く。
音だけが傍にいるって、きっとそれは、逃げ場。
何に苛まれ、何に慣れ、彼女がとびきりの孤独を謳い上げるのかなんて、どれだけ近くにいてみても、形だけじゃ伝わりもしない。
本当に、すきだと思ってくれるのなら、こんなに嬉しい事は無い。
でも知ってしまったから、声に滲んだ本当の想い。
恋い慕う心の面影は、すきだといった音と同じよう、見えなくてもすり抜けても、いつだって、遠くても。
風のように彼女の心に吹いた新しき感情に住まう人は。
優しくあるだけの隣人より、
傷ついてもいいと希った、愛すべき。
「……本当、本当に? 細は、私を知りたいって、思うの? ちっぽけで、つまらない。何も出来ない、普通にさえ届かない、私を。」
「だって僕は、唯一君の傍にいつだっていた、音の――――音の、戦士だから。」
始めて浴びせた辛辣な言葉は、二人の距離を和らげはしたけど、全てを優しく許す存在、そんな都合のいい夢を細から取り外していく。
人として近づく事を、細もまたおそれていた。ただただ穏やかに受け止める存在として、笑うままも可能だった。現に今、
人として確かに近づいてみても、
人で無いからこそ絶大な信頼を寄せてくれた、貴子は。
人として細を見るが故、拭いきれない人への不安に心を苛立たせ、波打っている。
これは彼女への裏切りとなるのか。
近づきたいと、望む事すら?
「君がプリーティアとして戦うには、僕らを知る必要があるように。僕らは貴子と共に戦うからこそ、知る必要があるんだって、思うよ。」
知られたくないって。
第一線がそう告げている。
別に闘いの道具として甘んじている訳では無いと、それはたった今告げられた事。
だけど貴子の作った線引きは、リーフェの戦士としての繋がりであり、人としての交遊を望んでいない。
そんなにまで、人に絶望している。
「私なんて、本当に何も無いの。話せる程の功績も、教えられるだけの夢だって、何も無い。」
「だけど僕らのあり方を否定する、それは貴子の持ち寄った考えだよ。僕らを道具では無く、共闘するものだと強調する、貴子の意識は、貴子のものでしかない。」
頭(を振って、貴子はとうとうへたり込んだ。膝に冷たい塵が纏わりつこうと厭わず、砂浜に白い肌が埋まっていく。
「だって、私が駄目だからって、みんなが磨り減るなんて、そんなのいやなの……」
「おんなじじゃないか。僕らが駄目だからって、貴子が一人苦しむなんて、そんなの、いやなんだよ。」
否定しようとしているのは、彼女がきらう、彼女自身。
人としてある、人間性。
それも守るべき、対象であると知っていながら。
「立ち上がってよ、貴子。僕らを傷つけてでも戦う事で、僕らを傷つけまいとする貴子の心こそが、本当に僕らを守ってくれるのだから。」
無理強いに似た強要。
卑屈に蠢く心に、どれだけが届くのだろう。
細の、真意(の、どれくらいが。
「……颯を傷つけたくないと思うなら、颯と共に戦う事が、その一番の近道なんだよ。」
弾みをつけて持ち上がった顔は、驚嘆と羞恥と察知が混じる。
そうさ、僕は知っている。君が誰を想うのか。
そうさ、僕が知っている。彼がまだ知らなくとも。
そうさ、僕も知っている。故に君は立ち上がるだろう。
立ち上がれる理由が何より、大事な仲間と、その中で一際大切な。
そうさ、僕に出来る事が、噛ませ犬でしかないなんて事くらい。
とっくのとうに、知っていたんだ。
「だから、颯と共にいる為に、貴子はもっと、颯を守れるよう、颯に全てを預けて、戦って、いかなくちゃね……?」
例えば今回の戦闘も、風の力が有効だと言っても聞かずに、貴子は颯とのプリートを出来得る限り避けていた。
一体化する事で想いが露見するのがおそろしいと、それもあるだろうが何よりは、
愛する人を誰が望んで傷つけたいだろう?
逆説的に、細の想いは否定されるだけ。
戦い易いという事は、信頼であると同時に。
「……護りたいもの、護る為に、頑張るなら。負けないよう、苦しめないよう、私がもっと、しっかりしなくちゃ。」
追い詰めているみたい。
誰を? きっと、今此処にいる二人共を。
それでも気力に換算して、貴子の立ち上がる糧になるなら。
恋心を焚きつけて。
それがどれだけ細の本心と掛け離れていようと、その為にどれだけ、貴子が細の元を離れ細の事が薄れてゆこうと。
そんなものに、
貴子が幸福である以上の意味なんて無い。
「それじゃもう一度、あそこへ還ろう? みんなが、颯が、待っているから。」
毅然を塗りたくった表情は、恋する乙女の死にもの狂い。
応援が奮起に繋がると知っていながら、今やっと細は己が歯車の役目を果たし。
そして静かに恋心は死んでゆく。
二次へ
廻廊へ
++以下言い訳
今回は特に、あくまで勝手なイメージで突き進んでみています自重自重。
貴子は完璧少女よりはドジっ子的な駄目扱い、を周囲から受けていたように思え。いじめとか虐待とか受けていたように思えるんですよね、というのは災妃化に於ける孤独の強さからの推測なんですが。
人をきらい、故に人を(のみならず世界を)救う事に価値を見出せず、なんの為に戦うのかという足枷がプリーティアになりたての頃は足を引っ張って、結構姫乃ばりに迷惑かけていたんじゃないかなと。
それを克服するのがつまり乙女心な訳ですが。いやぁ、恋って偉大なんですね。と知ったかぶりが通りますよっと。
因みにタイトルはただの引っかけにもならないダジャレですw メロディアスの本来の綴りはmelodious=旋律の美しいですのでテストに書いて言い訳にこれを槍玉にしないであげて下さい。
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