無知の幸福を願う者の名を傲慢と呼ぶ、それも又傲慢な。


 躯が自然と動き出すようなナンバーが掛けられ、すっかり店主までもがその気になって踊っている。
 様子に、これが世界に暗い影を落とすギャラクターと唯一対等に戦える部隊、科学忍者隊かと嘆きもしながら、しかし自分を含めまだ若く、青い存在である事も否めず、所謂人並みの青春を謳歌しようと必死である姿に、健は何も言わずにいた。
 兎角このスナックJを営むジュンは、紅一点にしてまだ十六歳とうら若き乙女なのだから。
「健も踊りましょう?」
 差し出された手をやんわり、笑って断ると、残念そうな顔をして引き下がりつつも次の演奏に再び燃え出したのか弟分の甚平で満足する事にして、一層、はしゃぐように。
「いい気なもんだな。」
 健と同じく疑問を懐いていたと思われるジョーは皮肉を述べると、喧騒が少しでも届かぬようより遠くへと引っ込んでしまった。
「……なぁ、最近あいつ、おかしかないか?」
 二人とは違い、ムードを楽しみ手拍子を送っていた竜に耳打つと、眉を顰め一瞬指した先のジョーを二人で見遣る。
「前からあんな感じだったとも思うけどなぁ。」
「いや、確かにそうだけど、それにしても前よりなんだか、なんと言うんだろう……焦ってるように見える。」
 的確な描写が見当たらず言葉を濁す健の様子にもう一度ジョーへ視線を移してから、竜は相変わらずののんびりとした体で相槌、暗い表情の健の肩をぽんと叩く。
「俺は兎に角、生きていてくれた事が嬉しいから。気難しくったってなんだって、いいさ。」
「それは、それは勿論俺だって同じだっ。」
 思わず立ち上がりかけて、僅か浮いた腰を静かに椅子へ戻し。額に拳骨を宛がい俯く健にこそ心配そうに竜は覗き込んだ。
「気を悪くさせたなら、すまん。お前さんも、随分と疲れて見えるな?」
 グラスの中で融けかけた氷が小さく弾ける音が鳴る。それさえ煩わしそうに、遠ざけ今度は弱くはあるが拳で額を小突き始め。
「嗚呼、まぁ……ここのところ、連戦だしな。しかしそれを言うなら、皆同じだろう?」
「俺が思うにな、お前さんはちぃと、気負い過ぎてるところがある。うん、確かに隊長としてみんなを引っ張っていくのは大変だし、その役目を変わる事は出来ないが……」
 持っていた小皿に、数分前まではたんと盛られていたつまみが殆ど無くなっていたが、その残り少なを竜は差し出し、ウインクをしてみせ。
「相談にくらい乗れるし、そうじゃなきゃ仲間甲斐ってもんが無い。兄貴分として、頼ってくれていいんだぞ。」
「何言ってんだ、歳下の癖に。」
 ピーナッツ片手に和らいだか、はにかんだ健の表情に大きな笑みを以て応える姿は成る程実に頼もしそうに映る。

 そうだ、俺には頼れる仲間がいるんだ。
 見渡す限りに、大らかさで包み込むような竜が、小さな躯で必死に共闘する甚平が、己が生活を犠牲に平和へ貢献するジュンが、そして、帰って来た一番のパートナーが。
 こんなにも、傍に仲間がいるのだから。

「よっし、気分転換に踊るか!」
 無理矢理にでも盛り上がろうと勢いだけは持って、そのまま出口付近のジョーの元へ歩み寄り、先のジュンのようにそっと、手を差し出した。
「ジョー、お前も折角の遑なんだ、楽しもうぜ?」
「……馬鹿馬鹿しい。」
 顔を顰め、苦々しそうに吐き棄てると一瞥もくれずにそっぽを向くジョーにめげず、根気強く健は説得を続ける。
「だが、これが俺達が守るべき平和というものだろう? 極く一般的な、有り触れた。」
「それが馬鹿馬鹿しいって言ってんだ!」
 荒げた声に一部の客が何事が振り返るが、大体は気にせず再びダンスへ帰っていく。ジュンだけが、心配そうな眼差しを送り。
「いいか、俺達には、休息だとか安寧だとか、そんなもんにかまけていられる余裕なんて無いんだ!」
「俺達だって、ただの人間だ。」
「ただの、
――――ねぇ。嗚呼、どうぞお好きに楽しんでいって下さいよ。だがくだらん事に俺を巻き込むな!」
 捨て台詞を吐き、そのまま出て行ってしまう。愈々ジュンが駆け寄るが、それには気付かず健も目の前できつく閉められた扉をもう一度開いて、颶風の中へ飛び出す。
 強い砂嵐がひたすらに頬を引っ叩くが、一瞬霞む視界に負けじと健は声を張り上げる。
「おいジョー! 待て!!」
 いつになく険しい声で呼ぶ心情を察したのか、立ち止まりはしたが、振り返りはせずに。
「お前、最近どうしたんだ? 様子が変だ、おかしい。」
「そりゃあ、ついちょっと前までは生死不明の状態だったんだから。……そんなもんだろ。」
 足音高く近付いてくる気配を背後に感じながら、伏せた睫に乗せた思いは、ジョーにしかわからないもの。
「それだよ。お前は一体、どうやって生き延びたと言うんだ?」
「おいおい、一応説明はした筈だろ? 何度でも話したい武勇伝って訳じゃないんだ。」
「あんな曖昧な、いい加減な話で納得出来るか! それまで音信不通で、死んだと思っていた奴が、ひょっこり現れてなんとか助かりましたー、なんて!」
「じゃあそのままさよなら、の方が恰好よかったって? 総裁Xもベルクカッツェもこの手で仕留められないわ、瀕死の重傷で折角追い付いたお前達にも付いて行く事すら叶わずに、そもそもあの時だって、俺は余命を宣告されていた身なんでね。それもくっだらない、事で負った傷だ。」
「そんな話をしているんじゃない!」
 堂々巡りの予感が、健の声を張り上げさせる。
 酷く、酷く強烈な風が、このままジョーを揉み消してしまうような。
 以前のコンドルのジョーという男なら決して、そんな儚さを醸し出す筈も無かったのに。
「何か隠してるんじゃないのか?」
 逼迫な声色が、その切実さに僅かジョーの肩を揺らす。
「俺達に言えないような何か、事があるのか?」
 泣き出しそうなくらいの、弱々しい。
 お前は隊長だろう、そう喝を入れてやるべくようやく向き直ったジョーの瞳には、声と同じくらいに悲痛で歪められた健の表情が焼きついて。

「仲間、だろう? 俺はお前じゃないから丸ごとそっくり理解するとか、受け入れるなんて出来ないけど、でも、相談ぐらい出来なくっちゃ、……仲間だろう?」
 必死で、手繰り寄せるように、必死で、繋ぎ止める為に、直前竜に言われた言葉を引用してまで、必死で。

 見ていられない。

 ジョーは強く瞼を閉じた。結ばれる固さに皺の寄る眉間、その深さの分だけ、彼にも思いがあるのだと知っていながら尚、健は詰め寄る。
「お前が苦しんでる事、全部じゃなくたっていい。少しでも、教えては貰えないのか?」
――――生憎だが、俺にはお前が何を勘繰っているのか全くわからないな。」
 渋く、落ちるように低いジョーの声も又、喉頭から絞り出されたように。
「ジョー!」
「なんでも知ってりゃいいってもんじゃない。そうさ、知らない方が好かった事なんてごまんとある。」
「ジョオッ!!」
「安心しろよ。また敵さんを目前で取り逃がして死ぬような下手は打たないさ。」
「俺がそんな事を心配していると、本気で……っ!」
 激昂に身を任せ胸座を掴んでみせても、健の揺るがぬ、潤んだ視線をまともに受けても、ジョーはただ、ただただ冷たくあしらい、手を払う。
「備えておけよ。いつギャラクターが現れるとも知れない時世なんだから。」
 今度こそ振り返らない背中に、もう何度健が名を呼んでも、叫んでも、ジョーは進む事をやめず、一人皆の元を後にする。

「ジョー……俺、俺は、お前の力になりたいんだ……」

 今度こそ、一人で死なせるような、そんな目に遭わせたくはないと。

 彼が死んだと思われたその時、まさしく決死で掴んだギャラクター本部の場所を教えるべく瀕死の身を這いずって、四人に託したジョーの執念。
 応える為には、足手纏いでしかないジョーを置いていくしかなかった。置き去りにして辿り着いた地でも、満足に自分達の手で終止符が打てた訳ではない。
 同情の余地は無かったが悲哀の内に自害を選んだベルクカッツェも、そうして腹心の部下を切り捨てる事を厭わずに逃げ出した総裁Xも、どうにも手に負えなかった。
 最早不可避と思われた地球滅亡の日、ブラックホール装置からの危機を救ったのさえ、四人ではない。

 何故、地球の死を刻む時計は止まったのか。

 以降の調査報告により南部博士曰く、ジョーの羽手裏剣が、偶然にも食い止めたのではないかと、ただの憶測。
 あの日、あの時、手立て無く呆然とするしかなかった健の目の前で、
 残時0002のタイマー表示。
 それは科学忍者隊の誰もが、ジョーを思わずにはいられなかった瞬間の。

 帰り道のゴッドフェニックスに、あるべき主無く空白の席が、ひたすらに胸を突き刺した、悔恨。

「お前こそ、何も知らないじゃないか……俺達がお前無くしてどうして科学忍者隊を名乗れると、喪に服した日を、何もっ。」
 熱い涙がひたすらに、滾る血を冷ますよう止め処無く流れる。
「知らない方がよかったなんて、俺に、云うなよ。俺は、そうして目の前で親父を亡くしてるのに
――――!」
 だからこそ、もう二度と、御免だと。
 親しい人を、愛する人を、大切な人を、もう、二度と。
「莫迦野郎……っ!」
 もう届かぬ、遠い仲間に。
 近くにいると、教えてやりたい。
 こんなにも傍に頼って欲しいと願う、友がいるのだと。

 知っていて欲しい、お前には。

「健……?」
 様子を怖々眺めていたジュンがその肩に触れると、小さな震えを押し込めて、哀しみの川を拭い強がって。
「ほっとこう、あんな奴。」
 リーダーとして弱音を見せられないと気張る彼にも又、己と同じ思いを懐いて傍にいる人の事を、気遣う余裕は未だ無い。
 だが無知を抜け出そうともがくのならば、やがていつの日にか知り得る想いの糧。

























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++以下言い訳

個人的な話、ベルクカッツェは愛しい存在です。同情の余地が無いとか言ってますがほら、健視点だから(笑)。ただゲルサドラのがすきだったりします。設定が先にばれていた分、のめり込めたと言うか。
別にカプリング的嗜好はありません。一応それなら更新時にBL表記ぐらいしておきますえぇ、それが大人のマナー! ただ健は(というよりガッチャマン、若しくは時代が)熱い子なので愛するの表現が一概に間違っているとも思っていません。どちらかと言えばジュンが微妙ながらもそんな風に歩もうとしてます。
一番苦心したのが正しい情報を集める為のネット巡りです。またウィキにお世話になりつつ感想サイト様など、目が疲れてきました。まだ書く前なのに! これぞ本末転倒の極みってやつでしょうか。どうせ極めるなら二重の極みがいい@るろ剣。
ところでジョーがサイボーグって設定は、いやそもそもガッチャマンの二次自体、今の世に知られている情報なんでしょうか。一番気にすべき疑問点。嗚呼、又ちょっと見たい。出来れば、重要な話だけを抜粋して。おいそれファンって言えるのか。