Quiet


 その日。
 己の中に生まれた気持ちをどうしていいのやら持て余した、
 彼女にも芽生えている同じものとどう向き合ってよいのやら取り乱した、
 そんな資格も権利も無いと思っていながらむず痒い心地好さにぎくしゃくした、
 その日。

「今はそんな事をしている場合じゃないだろう!!」

 いつも冷静で穏やかだったその男は感情任せに怒鳴った。
 友として家族として接してきたその男の激情が始めて露顕した。
 ナイトとして誰よりも己を律していた事を誰も知らなかったその男が、ナイトをやめた。

「僕は君の為に……ナイトを捨てる。」

 それがどれだけ考え抜いた末の結論だったのかなんて、想像する必要も無いくらいに、アリエナイコト。
 そうまでした悲壮の決意が、きっぱりと拒絶されたからといって、あっさりと思い直すなど、可能なのだろうか。

「……………………」

 最早黙して語らぬ音のナイトは、何処にもゆけずに何処かへと消えた。



「颯……?」
 眠らない都会から逃げ出すように、喧騒の片隅にひっそりと息を潜めて、一夜限りの宿に落ち着かないのか帳の降り切った深夜、姫乃はそっと声をかけた。
 公園の休憩所はベンチどころか屋根までついた優れもの、公共の施設だからといって掃除は決して抜からず、闇に紛れて群がる定住者も居はしなかった。それはそのまま、自分達もここを終の栖にする事は出来ないという証なのだが、それもこれもこの都市を治めている姫乃の実家、淡雪家の力量というのであれば、折角始めた家出も井の中の蛙でしか無いようにも思える。
「見張りもいいけど、ちゃんと寝ないと持たないよ?」
 このような不自由を強いているのも、発端は全て己の不甲斐無さ。
 災妃の正体に気がつけず勢力を拡大させてしまった、全ての始まりである災妃を生んでしまった、その災妃に傅かざるを得ないまでに仲間を追い込んでしまった、総ては己の所為。
 そんな悔恨が表情に滲み出ているのか、姫乃は努めて優しく、慰めるように優しく。それがまた酷く心を突き刺して、痛んだ。



 家族を戦いに巻き込みたくないと姫乃の強い要望で、家出した逃避行の先にあるべきだった魂の安息の地リーフェニアは、ずたずたに滅ぼされた残骸と化して。手を下したのは、楽園を護るべき存在だったナイト。
 リーフェナイツのふるさとで久方ぶりに再会した彼は、まるで以前と同じように微笑むから、整理がついたのだと誰もが解釈した。
 苦しい胸の内に決着がつき、再び仲間として世界を守る為に戦うのだと、誰もが信じて疑わなかった。
 けれどあまりにも穏やか過ぎる微笑みは、颯の心を掻き毟る。
 本当に、そんなにも簡単に、十六年の想いは納得出来るのだろうか。
 受け入れる事が出来ず暴走する闇があり、受け止める事が出来ず悔やみ続ける己があり、それらをただ黙って見つめるしかなかった彼が、どうしてそんなにも聖者でいられる?

 彼は何も出来なかったと嘆いた。
 彼はどうすればいいと叫んだ。

 それを冷たく打ち捨てられたって、

 彼は無力を噛みしめ黙った。
 彼は此方へと戻らず消えた。

 それは燻り続けた情熱の捌け口を求めて。

 気がついた頃には、姫乃がせめて寂しくないようにとナイツの力を合わせ建てた家は吹き飛ばされ、美しい花園を踏み躙りながら二人のナイツは、互いの守るべきヒトの為に剣を振るう。
 リーフェの帰る場所たらしめる広大な自然も、永遠の春を思わせる満ち溢れていたリーフェも、全ては闇の為に捧げられ、全てが犠牲として飲み込まれる。
 帰る場所を失った姫と小人は、ひたすらに跋扈する敵と戦いながら流浪する道以外を奪われた。



「どうして……」
 思わず口をついた疑問は、だけど何処に辿り着きたいのか判らない。
 ただどれであっても、答えは同じ。
「……どうして、」
 十六年間黙り続けていたのか。
 十六年前打ち明けなかったのか。
 十六年後敵となってしまったのか。

 総て、俺の所為。

「颯の所為じゃないよ。」
 零れそうになる自戒までは呟かなかったのに、健気にも微笑んでみせる少女にはお見通しのようだった。
 街灯の薄明かりに儚く写る姫乃の微笑みは、自らもこたえているのだろう崩れそうに震えているのに、それでもその手を差し出してぬくもりが頭を撫でる。
「誰かをすきになっちゃうのも、誰かをすきにはなれないのも、自分にだってどうしようもない事だもん。気持ちって、難しいよね。」
 現在進行形の理解は、振り回される心を有しているからこその、実体験に基いた。
 そんな姫乃は少しだけ、二人の間に距離を開ける。触れ合う事を、おそれるように。
「だけど俺は……っ! 何も、気がつかなかったし、何も、してやれなかった。あいつがこれまでどんな思いでナイトとして戦っていたのか、どんな思いでナイトをやめようとまで決断したのか、少しも、気づきはしなかった!!」

 十六年前、自らを欺く為使命感を建前にしたと言っていた。
 十六年前、愛する人を封印したのも、ナイトとしての使命だと。

 十六年間、後悔を繰り返しているのは自分だけだと勘違いした。
 十六年間、逡巡と葛藤が心を占めていた誰かを知りもしなかった。

 十六年後、再び戦いが始まった事で痛みを負ったのは自分だけじゃなかった。
 十六年後、それらの総てを飲み込み、ようやく思いを告げ、そして思いを遂げる為。

 選んだ離別が、彼とて痛まない訳が無い。
 だけどそれよりももっと痛みを伴ってきた、

 十六年。

 いつか起こした、過ちの延長。
 まだ、間違いが終わらない。

 どうすれば許しを乞えるのか。
 どうすれば過ちが終わるのか。
 どうすればこれ以上、誰も、

 悲しさに、
 寂しさに、
 苦しさに、

 心痛まずに生きてゆけるのか。



「でも、今は気づいたじゃない。知ったじゃない。感じたじゃない。」
 真直ぐな瞳で真直ぐに見つめる、未来に不安が無い訳じゃなかろうに姫乃はただ真直ぐな言葉で。
「だからこれから、考えていこうよ。話し合って、判り合って、ううん、わかりあえなくたって。」
 振り向いた眦には零れそうな雫を留めて、歪みそうになる笑顔を精一杯に保ち続けて。
「伝えていこうよ。そうやってでしか、私達は生きてゆけないんだから。」
 その結果に苦しんだ、ある女を知っているのに。それでも姫乃は、そう答えた。
「十六年って、長いと思う。みんな其々悩み続けた分、とっても。」
 おそろしくて泣いた、負けられないと泣いた、だけど戦えないと泣いた、自分の為にも、他人の為にも涙を流す少女は。
「だからこれから十六年以上、笑っていられるようになりたいよね。」
 強がりで、みんなを励まそうとする。
 強がりで、自分を奮い起こそうとする。
「……嗚呼。その為に、俺達は戦っているんだから。」
 だからその肩をそっと抱いた。
 いつかもそうして抱きしめたように。
 綻びに、気がつかずに傷つけた過ちを知るから。
 過ちが、もう続かないようにと、誰も、もう苦しまないようにと。

 願いを込めて、せめて平気だと嘯く姫の、ぬくもりに触れた。
 躊躇う事で、途惑う事で、誤魔化す事で、苦しむ人を知ったからこそ。
 きっと彼も、彼女にそうしたかっただろう、十六年間。
 ずっと彼は、彼女にそうしなかった事を悔いていた、

 十六年間。

























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++以下言い訳

という事でイベントお疲れ様記念、怒涛の販促活動の締め括りに御座います。正確にはイベント後なので販促という言葉が正しいのかちょっとアレですが。
若干始めに想定していたのと様相が違ってきているのでタイトルが浮いていますが、他に妥当なQが思いつかなかったので名残りだけでも。具体的にどう違うのかと聞かれたら困るんですが、そうですね、基本的に自分が書く男子は滅法ヘタレで反比例しておなごは強しと、そういう流れである事に気がつかなかったのが着地点の違いと言いましょうか。慰められて立ち直る予定じゃなかった筈なのになw
一応颯→細というテーマ自体は変わらないながらも、その細に対してもそっとこう、なんか色々あったんですが、なんなら延々鬱々トーキングくらいのつもりだったんですが、あら不思議。世の中女尊男卑です。カカア天下万歳です。
そういう訳で怒涛の如く駆け抜けた六月のプリーティア強化月間、存じていた方にもそうでない方にもお楽しみ頂けたのならばお慰み。
これで暫くはプリはやらな…………い? なんだこの微妙な間!