今日一日、最後に平和な頃のクリスタルホルムで過ごさせてあげよう。

 そんな言葉を聞いたのが最後、姿も見えない声は掻き消え、何処に立っているのやら不確定な空間の景色は消え去った。
 いや、オレの記憶が途絶えたんだろうか。もう、何も聞こえやしないし、見えもしない。
 真っ暗な、真っ暗な。































「アーク。」





















「アーク、アーク?」




































 心休まる懐かしの響き。疲れた体を包み込む、羽毛の布団よりも居心地がよくて、安心出来る呼びかけ。
 誰かが自分の名を呼んでいる。それも、その誰かが愛しい人であったのなら、尚更。
「アークったら、まだ寝てるの?」
 ノック三回、扉が軋んで開いたと同時に、部屋に踏み込む一人分の体重に床が小さく悲鳴を上げる。
 いつの頃からあるのやら謎ではあるが、格式だけは古ぼけたこの家は、寿命なのか其処彼処がいちいちに呻いてくる。
 おかげで悪戯している間も誰かが来れば合図一つですぐに隠れられるし、慣れれば個人の判別も簡単で、まるでオレに味方してくれているみたいだった。
 標準より軽いのだろうかその軋みは小幅で、幼い頃から何度も聞き覚えの有る、幼馴染のエルの音。
 一歩一歩遠慮なく進み入っては窓際のカーテンを躊躇い無く開け広げる。与えられた外の明るみは眠気に微睡んでいた部屋ごと起こしにかかってきた。

 この村を照らすのは、ガイアストーンと呼ばれる光の玉。嘗て旅した地表の何処でもお目にかかれた太陽に似ているようで、体験した今では非なるものだと強烈に感じてしまう。
「今日もいい天気よ。みんなが、アークと遊びたいってはしゃいでる。」
 眩しさにばかり取られていた気を巡らせれば、子供達の元気いっぱいで無垢な声だけならず足音まで、村中に轟いているように閉じられたアークの部屋にも侵入してくる。
「それに、クリスタルブルーが沢山飛んでいるの。」
 単語を聞いた瞬間、身が強張ったのが判った。序でに布団の裾を握りしめ身動ぎしたのが、窓の外を眺めていた彼女の耳にも届いたようだった。足音が、僅かな床の軋みと共に近付いてくる。

「きらきら、とってもきれいよ。」

 とても優しい声音なのに、動作は無理矢理アークから布団を剥ぎ取った。
 とても優しい声音なのに、だからこそなんだかひどくかなしかった。
 そういえば昔、おねしょを卒業して間もない時分、もう大人だと粋がるオレに村の連中は面白がって怖い話を聞かせてきた。
 ガキ大将をたまに懲らしめるいい機会だと楽しんでいる風な彼等の前では当然強がってみせても、やはり幼心に怖いものは怖い。
 内容もそうだが、いびって喜んでいる姿が、本当は嫌われているんじゃないか、悪戯ばかりしている厄介者なんていらないと、思われているんじゃないか。何処かそんな恐怖心まで煽って。
 そうして楽しむだけ楽しんだ後、子供は寝る時間だと好き勝手な事を述べて部屋に返され、望まれる通り余韻に身を竦ませすぐさま布団の中に潜り込んだ。
 裾を固く握りしめて、そのぬくもりの中にさえいれば安心だと、まるで結界を張ったように。

 その当時となんら変わらない動作は、しかしなんら苦もなく同い年の女にたった今打ち負かされて、柔らかい結界なんて、即席の安心感なんて、なんの意味も無いだと身に染みる。
「だからアークもそろそろ起きて。おばさまが御飯食べにこないって怒ってるわよ。」
 口元に手を添えて、くすくす笑いを抑えている。
 女というものは成長するにつれ皆そうなのか似たような笑い方をするが、これが馬鹿にされたような気がしてたまらない時もあるのに、エルのものだけはいつだってそんな厭味な事を感じたりしない。
 ただただ、淑やかな彼女をそのまま表しているだけの、一つの表現。
「だからってこんな乱暴に起こさなくたっていいじゃんか。」
 拗ねた風に口を尖らせ、往生際悪くもぞもぞ布団の上で足掻いていると腕を掴まれ無理矢理立たされる。といってもそれだけの力がエルにある訳では無く、流れに従って自力で立ち上がりはしたのだが。
「あのね、こんないいお天気の日にいつまでも寝ていたらバチが当たるんだから。」
「誰に当てられんだよ。」
 もう一度、エルはくすくす笑い声を上げた。
「決まってるじゃない、神様によ。」

 握る布団はもう無かったけれど、固くなる拳よりももっと、胸の奥の奥が痛んだ。


「全くあんたって子はね、寝坊に悪戯泥だらけ、一体どれだけあたしに手を焼かせれば気が済むんだい?」
 湯気の立ち昇るコーンスープ、ふかふかで簡単に千切れるパン、こんがり端まで焼けたベーコンと勿論半熟の玉子焼き。
 ぶつくさ洩らしながらも目の前に出された朝食はどれもまさに今が食べ頃作りたて、気遣いという温かさも、調味料としてプラスされている。
「うん、ありがとな、いつも。」
 聞いた事も無い異国の言語かしらと耳をかっぽじり脳に届いたそれを翻訳して理解した直後飛び退ったおばさんの顔は驚きというより戦慄に染まっていて、感謝の言葉を口にする、それだけの事に心臓が止まる勢いで慄かれてしまっては流石に居心地が悪くなり、がつがつ行儀悪く乱暴に、しかし塵一つ残さず綺麗に平らげた。
「ごちそーさま。うまかったよ。」
 更なるは妖術や呪いの類いでも呟き始めたとおばさんは部屋の隅で腰を抜かしてはナンマンダだのアーメンだのと綴り出す始末。
 自覚として確かにその態度も理解出来なくは無いが、なんともはや日頃の行動とは如実に現れるものだ。
 そしてそれだけ手を焼かされながらも、彼女はこの家の諸事の一切を取り仕切り、自分の面倒を見てくれた。
 何故身寄りが無いのかなんて考えた事も無かったけれど、長老が引き取ってくれたその心も少しだって判りはしなかったけれど、少なくともこの人は、長老の命もあったのかもしれないけれど、人として接し、人として育ててくれたのだと、信じたい。人柄故に、叱咤してくれる存在なのだと。

「ねぇアーク、あんた具合でも悪いのかい?」
 おばさんは考え込んだ風に見つめてくるアークの視線に居た堪れなかったのか病気の疑いまで持ち出してきた。仕方が無いのでテーブルの上に並んでいる林檎を二つとも頬張るとようやく、
「何してんだいっ! 夕飯抜きにするよっ!」
 叱りつける為いつもの調子に戻ってくれた。フライパンとフライ返しで武装する両手で空を切りぶん回す攻撃を掻い潜っては、投擲をそそくさドアを閉める事で回避。空の鍋が小気味良い音でぶつかった後、床にしたたか打ち付けられた事実がエコーとして家中に響き渡った。
 BGMの珍妙さはさる事ながら、玄関の一際大きな窓から見える外の世界では、青い光がそよ風を泳ぎながら煌いている光景が厳かに広がる。

 いつでもそこに佇みいつでもクリスタルブルーが現れる日はもっと近くで見たいと言いながら友達に囁かれた目が潰れるという戯言に恐れては、代わりに見てきてくれと頼む気弱な男も、変わらずそこに納まっていた。
「だーい丈夫だって。オレだってしょっちゅう見てるけど、視力両目ともめちゃくちゃいいだろ?」
 同じように今日もまた、ほぅと眺めるだけの彼は、窓越しに淡く映る自分を透かしてでしか空中漂う光に手を伸ばす事さえ叶わない。
「だってさ、そりゃアークぐらいこわいものなしならこんなの、馬鹿みたいなんだろうけどさ……」
「っでも、今日ぐらい行ってみろよ!」
 妙なところで大声を出してしまった為か、男はぱちくり目を丸くして覗き込んでくる。

 こわいものなしなら、よかった。今でも、まだ。
 例えば今日を過ぎれば明日も、当たり前にあるのだと思い込めていたのなら。

「……知ってるか? クリスタルブルーには、此処じゃない世界が映ってるんだぜ。」
「嗚呼、それ誰かも言ってた。此処以外の世界なんてある訳ないけど、でも確かに不思議だよなぁ。
 なんだか、何処か遠くへ連れて行かれそうになるんだよ。気持ちだけでも。」
 そうして彼は、今日も頑として其処を動こうとしなかった。
 この家の外、森に囲まれた村から先はひたすらなる荒野の世界も、その裏側にある光に満ち人や数多有る命に溢れた世界も、知る事無く。


「おい、誰だよあいつにクリスタルブルーの悪口吹き込んだの。」
 居間で机を囲み、談笑している四人組。いつも通りの面子は、部屋に入ってくるや否や仁王立ちの上眉間に皺を集めた形相険しいアークに冷や汗を垂らし始めた。
「な、なんだよ怖い顔して。ってかお前も一緒に言っただろ!」
 睨みを利かせると堪らず黙りこくったが、はてそうだったかしら、内心では焦りも頭を擡げ始める。
「悪戯の一環だろ。にしてもあいつ、まだうじうじやってんのか。ちょっと傑作。」
 爆笑し出した一団に手近な壷を投げ付けると、ブーイングを口にしながら蜘蛛の子よりも俊敏に、四人はばらり散らけていった。
 砕けた破片を放置すればまたおばさんかさもなくばエルからお小言がたっぷりプレゼントされるだろうからと渋々、自ら汚した部屋を片付けていると、この家にある中でも一番異質な、青い扉が目に留まる。

 全ての、始まりの場所。
 既に計画自体はとっくに準備万端だったのかもしれないが、少なくとも自分にとっては、此処から全て、未知なる冒険も新たなる大地も沢山の、人の思いも、知らなかった人も知っていた人も、沢山の、想いがあると痛感した。
 全ての、始まりの場所。

 以前聞こえた、か細い声はもう聞こえない。そもそも奥に広がる階段を何十段も下りてようやっと辿り着くあの場所から声が届くのも摩訶不思議な話で、そしてもう、きっとこの扉が開く事は無いのだろうと、予感がした。
 誰かが開けようとしたなら阻止するかもしれない。自分以外に開けられる筈も無いのだから杞憂自体がおかしなものだと、思いながらも。
 それでもふと、ノブに手を掛けたくなる。馬鹿な事をとその場で回れ右したいのも本音だけれど、今もまだ、この扉は開くのだろうか。まだ最奥部に箱は浮かんでいるのだろうか。

 だとしたら、またあそこから飛び出してくるのだろうか。憎まれ口ばかりのまぁるいピンク色。
 だとしても、もう決して、共に旅をした仲間では、無いのだろう。何故なら、あれは。

 瞼の奥で、現実と過去が重なる。有り得ない筈のツーショット。翅か何かを忙しなく動かしている桃色が、それが何かも知らず抱き抱えているのだろうエルの赤味がかった髪と混ざり合って、目の届く位置から手の届かない処へと行ってしまう。
 遠く、遠く、取り返しの付かない、遠くへと。

「アーク?」
 背の向こうから、心配そうに覗き込んでくる双眸。肩から落ちた一房が、より強く過去とリンクして。
 それでも今己が立っている現実を踏みしめると、なんとかぐらつく体を押さえ込む事が出来た。
 エルは、こうして目の前にいる。光に包まれる事無く、目の前に立っている。
 エルが。
「どうかしたの? 顔色、良くないわ…」
「いや、なんでも。ちょっとほら、また、壷割っちゃって。」
 一頻り片付け終えた後、細かな破片を除けば痕跡は無い。しまった薮蛇だったかと焦るのも知らず、尤も手に持つ大量の欠片は無言で物語っていたが、エルは更に怪訝な表情をしてひたと見据える。
「そんな事、いつもじゃない。気にするなんて、益々変。」
「あ、あのなぁっ。エルの中でオレってどんなだよ!」
 がっくり、肩の力を落として項垂れると、抱えていた壷の破片が一つ零れた。
 拾おうとするエルを制止して、ふと、意地の悪い質問が頭をよぎる。
「なぁ、この部屋って、誰のだっけ。」
 青い扉の隣、その向こうで座している人に言われて、初めて知った外の世界。
 そして、初めて知った、自分の世界。

 そも、自分が、なんであるのかを。

「……何言ってるの? ただの、物置よ。やっぱり、どうかしたんじゃないの?」
 殊更怪しいと睨みつけてくる瞳になんの曇りも無い。彼女の中から、いやきっとこの村全ての人の中から、この部屋の、この村の主の、存在ごと消えているのだ。どうしても消えようの無い、自分の頭の中以外から。
 だとしたら、嘗て長老の家と呼ばれていた此処は今なんて呼ばれるんだろう?
 的外れな、どうでもいい、けれど聞くには余りある勇気を持ってしても至難な疑問が、浮かび上がった。
「? まだ何か、変な質問でも?」 
「…………いや、なんでもないよ。」
 見つめ続けるアークに、エルの心配の色は濃くなってゆく。同時に少し、頬が赤くなっていたりも。

 こわいもの知らずなら、よかった。
 こんなにも心穏やかでいられない、辻褄合わせに寂しさばかり感じずに、いられるのなら。


 かけっこに勤しむ子供達を簡単に追い越し、序でに鶏を嗾け、粉引き小屋の装置を止め親仁の反応を見ながら笑い、喋る南瓜を引き抜こうとしたり、全く魚の釣れていないバケツを冷やかして、駆けずり回るようにして一日を過ごした。
 旅に役立つアイテムをくれた道具屋の主人は、何も売ってくれはしなかった。
 意味深ながらも旅立つ助言をくれた占い師も、新しい世界が始まるとだけ、告げる。

 やがて夜の闇が訪れても、誰も長老のいないこの村を訝しまず、暴れん坊の自分を受け入れて、当たり前のように進んでいく。
 きらきら、きらきら、クリスタルブルーが発さない言葉の代わりに何某かを伝えようとでもいうのか、またたいては風に流される。いずこから溢れてくるのかなんて、結局判りもしない。此処では無い世界に生きている、若しかしたらこの村にいる人達の本物(オリジナル)が、今クリスタルブルーの中で笑っている人かもしれない。

「……ライトガイア!」

 宵闇を写した灰色の草原で、誰も彼もが自分の家で談笑している中一人外にあぶれているアークは、たまらず泣き出しそうに叫んだ。
 答えるものは、誰もいない。
「本当に、これで、終わりなのか?」
 自分も又、コピーに過ぎない。
 この村で笑顔絶やさず笑い声溢れ暮らしている人々もみんなみんな、地表と呼ばれる此処では無い世界に生きている人達の、偶像に過ぎないと。
「こんな、平和な、まま、」
 むなしい、気持ち。
 故郷なんて、あってないようなもの。其処で、そこに、さみしがる自分も、きっとなんて莫迦な存在なんだろう。

 だけどこんなに、あったかいのに。

 ぬくもりに満ち足り、生きている活気がこの世界を創っているのに。
 確かにこの世界に自分は生きているのに、そもそも自分自体、生きているのか怪しいのかもしれない。
 だって所詮、意思一つで創り出された。
「こんな、こんなの、オレは、オレは……」
 泣いてしまいたいのだろうか。目頭が熱く、興奮が冷め遣らない。

 理不尽だ。全て、シナリオ通りの動きだとして、この一時は与えられた幸福なのだとして。
 長老が裏で何を考えてるのかなんて知らない。悪戯された事を怒ってたって明日にはおはようと声を掛けてくれるみたいに、大した事なんて、ないのだと。
 掻き回すだけ掻き回して、始めは、荒れ果てた世界に蘇る様々に胸が躍ったのも本音だけれど。

 全てを見守るかのようなエバーグリーン。
 悠々と空を飛び回る鳥達のオアシス、サンクチュアリ。
 生命の息遣いが聞こえるサファリアム。
 やがて心通わせた動植物とも話せなくなって、人の手によって傷つけられて、人こそが自分よりも長老を判っていた。ベルーガという、機械の魔物を従えた彼こそが。
 それでもその、人間に助けられ、もう一度、オレは此処に帰ってきたんだ。

 ダークガイア、この地球(ほし)の闇の意思により生み出され、振り回され、任務を遂行した、自分を悔いて。
 エルを、救ける事も出来なかった、罪滅ぼしに。
「今日一日だって云うんなら、オレは眠らないぞ! このまま、ずっと、オレは此処で生きていく!」
 生まれてからずっと、此処で生きてきたんだ。
 長老と。
 エルと。
 沢山の、みんなと。
「いやだ、いやだよ。このまま全部なくなるなんて、なかった事になるなんて、そんなのいやなんだ……」
 甘えだと、理解っている。
 ただのわがまま、それも身勝手な。
 眠らなければ終幕は訪れないなんて、意味の無い理屈だ。
 夢現な世界をいみじく引き延ばしたいと、駄々っ子だってしないこんな悪足掻き。


 だけどまだ、生きていたいよ。


 生きていると自分で信じるなら、きっとこんな、自分だって生きてる。エルだって、コピーだけなんかじゃない、地裏のクリスタルホルムに生まれ育ったオレの幼馴染、エルとして、生きてるんだって、信じたいんだ。


「アーク。」
 届かぬ叫びにへたり込んだ背中越し、エルの声が聞こえた。けれど自分が泣いている気がして、振り返れなかった。
「もう夜も遅いわ。何してるの?」
「なんにも……なんにも。」
 鼻を啜る音が、草を踏み近付いてくるエルの鼓動で掻き消える。それはよかったけれど、近付いたらばれてしまうのだからどうせ同じなのにと、くだらない。
 全部、くだらない。最初から、存在しなかったのなら、今がある事さえ、なんて。
「……アーク、私ね。時々だけど、クリスタルブルーを見ていると、寂しくなってくるの。」
 若草の匂いがする隣へエルが座った。肩に掛けたショールが頬を擽るけれど、まだ顔を上げる事が出来ない。
「ほんと、たまによ? なんだか、なんでだか理解らないんだけど、ぎゅって、胸が苦しくなるの。何かに掴まれそうな気がして、走って逃げたくなる。」
 そっと、何かに抱え込まれるようにしてぬくもりが回される。
 促がされるままエルの胸に落とされて、腕が導いたのだと気付いた。
「だけどね、いつも傍に、アークがいてくれるでしょう? そうすると、平気なの。手を握ったり、ううん、姿を見つけるだけで、それだけで平気なの。アークが私の傍にいてくれるから、平気なの。」
 頭を撫でるエルの手はすべすべしていて、柔らかく何度も何度も、触れてくる、エルの、匂い、鼓動、声。(かいな)の中の、あたたかさ。

「だから、アークがさみしそうにしてたら、私にも、何か出来ないかなって。私が傍にいて、アークがいてくれるくらいに、ちからに、なれないかなぁ。」

 痛いくらいに突き刺さる。エルの、生きて届けてくれる、言葉。
 そうだよ、知っているじゃないか。
 オレは、コピーかもしれない。ダークガイアのいいように作られた、ただの影、ただの駒。
 だけどオレを知り、名を呼んで、力を貸してくれる、人達だっていたんだ。友達と呼ぶには、全然付き合いも浅いかもしれなくて、それでも助けてくれる、人達だっていたんだ。
 それは、オレが生きているからこそ、一緒にいられたんだ。
 生きてるって、信じてるなら、オレだって、生きていたい。みんなが生きてると、信じたい。
 エルだって、生きているから、こうして、言葉をくれるんだ。だから、ぬくもりが、あるんだと。
「オレも、これでいい。」
 やっぱり、泣いていた。声も、顔も、ぼろぼろだと認識出来る。それでも構わなかった。
 エルが隣にいてくれるのなら、オレの為に消えるとか、誰かの命令で殺すとか、そんな場所に、いて欲しくない。

 エルが、隣にいて、くれるのなら。

「オレも、エルがいると、安心するんだ……。」
 頭の上で、エルが笑った気がした。


「じゃあね、おやすみ。」
 今日は様子が変だからと、家まで送られてしまう立場に居た堪れない。どう考えたって普通は逆なのに。
 そしてもう、普通を行なう機会は訪れる訳もない。
「…………」
 どうしても別れを告げたくない。返されないおやすみに、エルは訝しんでいる。
 ここまで来ての往生際の悪さは、それでも、おやすみと、云ってしまったら。

 おやすみと。

 云ってしまったら。

「っエル、明日!」
 帰ろうとしていた背が、もう一度振り向いた。
 きょとんとした瞳はクリスタルブルーよりも輝いている。その光は、確かに見つめていると何処か不安になってしまうような、儚さでもあって。
「明日、も、その
――――起こしてくれよ?」
 情けない。
 情けないったらこの上ない。
 台詞のあんまりさに、二人して噴出してしまった。
「やぁね、もう、何言ってるの? 寝坊する気満々なんて。」
「や、うん、今のはどうかと思った。」
 少し冷える、肌寒い夜。各々の家から漏れる灯り、月や星は、太陽も、裏の世界になんてない。
 それでもエルと二人で笑い合えている倖せは、確かに今、此処にある。
「全くもう。それじゃ、また明日ね。」
「うん、また明日。……おやすみ。」

 おやすみなさい。

 やがて眠りについて、深い深い暗闇の中に落ちて、最後に出逢う、その夢まで。

 二人の、約束。

 もう一度逢える、その日まで。











 おやすみなさい。





















果ての地の 果ての日

























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++以下言い訳

消えてしまう運命に哀れんでかライトガイアはアークに一日を与えた。しかしそれは、英雄を慰めるには、あまりに少ない時間じゃないだろうか。
最後には穏やかな、エルとの約束に包まれ穏やかな眠りにつくアークだけれど、夢幻でも共に過ごして来た村人と、村と、長老がなくても生きている、みんなと、エルと、共にいたいと願う事は?
我儘駄々っ子、眠らなければ訪れない終幕、いみじく引き延ばしたい、子供のような悪足掻きはなかったのだろうか。本当に?
とか思い一日をしたためてみたり。まぁ途中ばんばん省いておりましたが。全てエルとの為に!(笑)

別に最後が不幸だったと、言う訳では無いんです。いや若干思っていますが、それは、少し、かわいそうだ。
なら倖せだったのかと聞かれたら、だからちょっと悩むんですが、倖せだと、いいのにな。と。
しかし書いてる内次々と湧き上がる疑問群。
アークに小さい頃ってあったのかな。父母に対し疑問を懐かないのはそういう教育だったのかも。あのおばさんも、使用人ぽかったですし。
最後クリスタルブルー泳いでたっけ。というのもかなりあやふやですが、ま、この場合は漂ってたって事でNE!(逃げたな)
そしてこれは完全イメージ、地裏には月とか星無さそう。いや無いだろだって裏だぜ!
でも、自分としては、最後の日とこの文の表す内容がなんか違っても、クリスタルブルーは飛んでて欲しい。それは、象徴でもあるから。
過去が無いのがオフィシャルでも、取り敢えずあったかもしれない可能性だけは残したい。
思い出だけで書く話と、事実に沿って書く話と、全然違っても、二つあってもいいじゃない。
……逃げ口上じゃ無くってね!(笑)