気がつけば、目が追っている。

 仕草一つが、気分を左右する。

 寝る前に思うのは、貴方の事。

 これは、ねぇ。

 恋なのですか?


 未熟 な た ま ご



 人であるより、女であるより、王族であると学んだ幼少。
 行き過ぎた教育から、よりも自身で悟ったそれは事実。
 この世にある生物の中で、人は多くいて、女は多くいて、それらよりもっと少なくある、王族。
 誇りや驕りを持ちはしないけれど、そうなったのならば、それらしく、その通りにと生き方を決めた。

 出逢いは、戦いの最中。
 第一印象、正直、悪だと断定していた。
 悪とは排除しなければならないもの。人に害をなすものだから。延いては国に仇なすものそれこそを悪と、示すのだから。
 外見で人を判断するのは悪だという通説、けれど。
 伴ってしまうような乱暴な口調だとか、陰湿に尽きる性格だとか。
 嗚呼、この人とは仲良くならないだろうな、なんて思ってみたりした。
 或いは警戒心にも似た警告。

 関わっていく中で、ぶっきらぼうな中に隠された優しさ、器用ぶって不器用なところ、一つずつ見つけて。
 本当は、いい人なんじゃないかしら。
 思い始めたのは、いつだったか。
 ただ、確実だったのは。
 そんな小さな発見が、すごく、すごく嬉しかった。
 という事。
 自分が誰かの表面を見て、表面以上の何かを悟る。
 それは王族に欠かせない気質でもあるのだから。

 知らず知らずに行動を見てる。
 小さな仕草が嬉しかったり。
 いつの間にか目が、体が。
 あの人自身を追っている。
 それに気づいたのは、つい最近。
 自覚症状はまるでゼロだった。

 これは。

 恋、

 なのかしら。


 自分のそういった動きを振り返って、そんな結論が出た。
 でも、それが正解かは分からない。
 だって、私が。
 誰かに、恋?
 これは、この気持ちは、恋?
 本当に?
 そんな自問を繰り返せば、嗚呼、また判らなくなっていく。
 自分でも訳の分からないこの気持ち、一体何なのか誰か教えて。

 思い悩む中、また新たな疑問、一つ。
 あの人を追う私だから、そう思ったのだろう疑問。
 若しかして、若しかしなくとも。

 彼は、一体誰の事を、いつもあの目で追っているのか。
 自分の目が追う彼がいつも目にするのは、自分以外の、彼女の事。

 答えの出ない問題に、また一つ難しい問題。
 それでも、夜通し昼通し考えた。
 考えて考えて、考えていた。
 そんな、ある日が今日の事。


「……39度6分。まぁ、完全にオーバーヒートね。」
 熱に浮かされる惚けた頭にもリナのものだと認識出来る程度に響いた声で開いた、アメリアのぼんやりとした目に栗色の豊かな髪がなんとか映る。
 視界がいまいちはっきりしない中、呆れたような表情だけは判った。
「あんたねー、なんでいきなりこんなにあるのよ。体長が芳しくなかったら教えなさいよね!」
 体温計を乱暴にしまいながらの言葉は、心配の色を窺わせる。
 自己管理が出来ていないというよりも、他を疎かにしてしまうくらい没頭してしまった形が、より一層情けなさを増す。
 況して、その内容が内容なのだから。
「すみません…」
 頼り無げな言葉には、これ以上無い程に申し訳無さが滲み出ていた。
 そんなアメリアの様子に、一つ大きなため息を吐きながらリナは立ち上がった。
「まぁ、ともかく。今は休養を取りなさい。ガウリイと景気づけに何か買ってくるからさ。」
 ぽんぽんと、優しく叩く手には言葉よりも気持ちが現れていた。
 リナのリナらしい気遣いに、熱に侵されて声も出せない喉から乾いた音を発する事しか出来ない自分が、より一層惨めったらしい。
 どうして、こんなに自分は馬鹿なんだろう。
 たかだか一つの、感情について考えただけで。
 気弱になっては、そんな考えを頭から振り払って。
 大きく揺らせば、歪む頭痛。
 肉体にまで馬鹿だと言われているような気分になる。
「っつー訳で、ゼル、あんたがアメリア看てやんのよ。」
 その言葉に、人知れず固まる。
 こんな熱を出した原因の一つでもあるというのに、そんな彼と二人っきりになれと?
 その提案を止めようと身を起こしても、時既に遅し。
 びしっと念押しをするだけして、さっさかとリナは相棒と出て行った後だった。
 思わず、頭痛が増した気がする。
 彼は彼で、やれやれと面倒臭そうに、しかしそっと起こしかけたアメリアの体を床に伏させた。
「まぁ、そういう事らしいから、暫く寝てろ。」
 相変わらずのぶっきらぼうも、最近ではすっかり慣れて。
 痛む頭で深くは考えたくないと、アメリアも大人しく従った。

 刻む時。過ぎる時間。ただ、粛々と。


 息が詰まりそうな空間で、眠れる筈も無く。
 何度も目をしばたかせては、こっそりゼルガディスを覗き見しているだけが暇潰しだった。
 窓からの陽光を頼りに、小難しそうな本を読み進めている。
 頁を捲る以外に微動だにしない、ゼルガディスも。
 そんなアメリアからの視線に耐えかねたかのように、わざとらしく両手で本を閉じた。
「……なんだ。」
「いえ、別に。」
 照れ隠しでもなんでもなく、別に全く特別な意味なんて無い事実。ただ、見ていた。いつも通りに。
 最近考え出した、恋、という感情。
 多分、あまり、自分には縁のないものだと思っていた。
 王族である以上国の発展の為に結婚とはするものであり、それには何ら異論は無く。
 精々素直な思いとすれば。道具として従いたくはないという意地以上のものは無かった。
 そもそも厄介で、自身の抑制が効かず、疲弊していくだけのもの。
 したいとは、思わなかった。代わりに誰かのそんな姿を見ていると、あまりのおかしさに笑う事の方が。
 夢物語を少しぐらい羨まないでもないけれど、振り回されたくはない。実体も掴めない、己の心一つに。
 寧ろ、目に見えない、そして理解も出来ずこれまで軽視してきたものについて考えた為に体調にまで変化を来たす現状だって、振り回されているそのもの。
 これ以上訳のわからないものに支配されない為に、問題の一つを解決する事が頭を過ぎる。
 果たして知りもしない恋なのかどうか感情に名前をつける事は難しいだろう。
 であるならば、もう一つの、問題を。
「ゼルガディスさんって、リナさんの事、すき、ですか?」
「………は?」
 まぁ、大方予想通りの反応だ。
 旅の途中で足止めを食らい、然してする事もない暇を持て余す時間、いきなり色恋沙汰を持ち出されては、特に恋愛ごとを鼻で笑うとは言わずとも同じく軽視していそうなゼルガディスにそんな話題を振る方が土台おかしな神経。
 しかしどうせ病に倒れるなら、それを利用しない手はない。

 これ以上、訳のわからないものに支配されない為に。

「で、どうなんですか? 恋しちゃってます?」
「いや、なんでいきなりそうなるんだ。」
 急いている理由も、そもそも無言の空間に投げかけられた言葉さえ唐突で戸惑っているゼルガディスは珍しく、それともある程度付き合えば可愛さの内、額から汗を垂れ流しては慌てふためいていた。
「いや、そうかなーと思って。」
「馬鹿らしい。」
「くだらない?」
「……別にそこまでは言わんがな。」
 これには多少意外だったと、アメリアも認めざるを得なかった。今まで暗い街道しか歩いた事のない彼は、それなりに恋というものを知り、容認している様子だった。
 それはまるで、知りもしないのに軽視している己ごと否定されたような。
「じゃあ、そういう感情を懐いていても不思議ではない訳ですね。」
「なんでそうなる。」
「だっていつも、見てるじゃないですか。」
 非難がましい口調になった事は、二人共に認めていた。
 これはアメリアの観察による確かなものであるが、自覚しているか判らない上、何故そんな事を知っているのか咎められたらそれこそ自分の立場が無い事に気づき前言撤回したくてたまらない、たまらないが出来る訳が無いので寝返りを打って背を向ける事で小さな抗いをした。
「まぁ、否定はしない。見ている方についてだが。」
 すかさず付け加えては咳払い一つ、なんとも居心地悪そうな声音。
「きらいだったら旅はしないだろう。」
「きらいではない。成る程。加えて視線が追っているというのは、つまりそういう事でしょう?」
「いきなりそう直結するか?」
「そういうものだと聞き及びましたが。」
「それは、確かに恋してればそんな行動も取るんだろうが。大体なんでいきなりそんな話になるんだ。」
 焦点をずらしたい本心が丸見えの、議題を終えたい提案は、飲み込んでしまいたい譲歩案で、暫く機会の無くなる妥協案で。
「はぐらかすんですね。」
 ストレートな返球に息を呑む音が響いた。ここで雨が窓を穿つ音の一つでもあれば場にあったBGMなのに。どうでもいい不満さえも脳に痛い程太文字斜体で流れてゆく。
「いいか、別に俺はお前に腹を割って話さなければいけない義理なんてない。」
「えぇ、その通りです。ただの旅は道連れ、ってやつですから。」
「食い下がってこないのか。お前はもっと、仲間だのなんだのに理想を懐いてると思ったんだが。」
「熱のせいでしょう。今、頭回らないんです上手く。」
 言いながら自らも成る程と落ち着いた。誰にも好かれるよう、これもまた王族の条件の一つではあるが、努めて好印象しか与えないようにこれまで振舞ってきていたアメリアにしてみれば、本音の色が濃い会話をいつ振りだったか、今している。
「忘れっぽくもなるんじゃないですかね?」
「だから俺がリナがすきだと告白してみろ、そういう脅しか?」
「聞き返さないで下さいよ。今は私の尋問タイムです。」
「尋問て、お前なぁ。」
 ため息が零れて、そういえば彼にしては今度こそ珍しく、今日はあまりため息を吐いていないとまたどうでもいい事ばかりが思考の邪魔をする。いつも奇天烈な提案と行動しかしない、二人組がおとなしかったせいかもしれない。理由は無論、自分の病欠。
 もう一度繰り返されたため息に、背中を這い上がるような寒気がしてまた天井を見る形に向きを戻した。
「どっちかというと、憧れとかだな。俺は、見ての通り力に溺れた弱者だ。だがあいつは、そんなものを求めなくとも、竜破斬を連発するようなはちゃめちゃな底力だ。そりゃあ、羨ましくもなる。」
「憧れ。」
 納得を含めて繰り返すと、少しずつ熱が引いていく感覚が訪れる。答えが与えられて一つの悩みから解放されたからかもしれないし、何処かが安堵の息を吐いたからかもしれない。

「大体、あいつにはずっと旦那が附いてるだろうが。それこそ俺が始めて逢った時から一緒だったな。」

 それが、全てだった。
 一瞬静まった筈の熱が再びぶり返して心ごと燃やし尽くそうとしている。関心なさげに不意に零れた一言が、何よりも、愛情に満ちている。
「もう結構です。理解しました。」
「……やっぱり熱あるな。お前。」
「今更気づいたんでしたらもう少し優しく看病して下さい。」
 冷たく言い放つ地の色が強い駄々っ子みたいな甘え、を少ないなと感じて三カウント目のため息で返されて話の終了を二人で悟った。
 今はその名残さえ見えないけれど、視界の端で盗んだだけでも疼く、氷のような瞳に温かさを宿して呟いた彼の前提は、諦め以外の何者も感じられず。だから彼女に恋をしないと、そうでなければしていると、そんな風に聞こえる被害妄想。そして触れる、冷たい温もり。
「これで宜しいでしょうか、姫。」
 氷嚢も用意していなかった粗末な宿から差し出されたのは、氷水の盥。浸されていた布はすっかり熱を吸い取っているからと先程リナが外して、そのままだったもの。
 道理で頭が痛かった訳だ。割れそうな程熱に責められる苦痛は、決して感情だけが理由だと、今はまだしたくない。
「………言われ慣れてます。」
「だろうな。」
 冗談に返す微笑みは、始めの頃こそ微塵も現れず、徐々に徐々に崩壊させられた仮面の内側。壊したのは、破天荒な彼女の。
 最近の思考はいちいち其方に傾いて繋がって、そんなまやかしが御免だと、トラブルシューティングに乗り出した筈なのに。
 熱っぽい手を軋む関節を無視して動かし、額のタオルを少しずらして瞼を覆い隠した。それとも何故か目尻に浮かんだ、妙な水分を隠す為に。
 確かに珍しく体調の不良で珍しく二人きりになり珍しく恋愛話などした成果は上がっていた。
 見えもしない胸の何処かは今しがたの腕より余程軋んで痛むし、それは心とでも呼ぶものが傷ついた証に。何故そうなったのかといえば、理解も、始まりも、欲しまいとしていた筈を、悟ってしまったセンチメンタル。

 乙女心って、くだらない。

 人並みとはいかないけれどそれなりに憧れてはみた恋が、矢張り振り回され無駄な労力を割かれるだけのものだと結論づけたアメリアは、湿った躯で眠りに就いた。



























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++以下言い訳

おいおいなんだよまたしても陰気じゃねぇかとお思いのそこのあなた。
自分は甘くって砂糖吐きましたがこれでも。げろげろ。汚いな。
初々しいじゃないか。可愛らしいじゃないか。充分だ!(何が)
こんな始まりがあったっていいじゃないか。段々拗ねてきましたが。

相変わらずガウリイが出てきません。別にきらいとかじゃ全然無く、でも出ない。
いつだってそうですよ。出したいとは言いませんが、名前ぐらいしかいないとちょっと申し訳なく(笑)。
何に対して申し訳ないというのか。いつか出番があったら奇跡です。

思いの中に、寧ろ普通に恋愛して結婚するとか、考えた事も無いんじゃないかと。
王族が庶民との駆け落ちに落ちるモチーフが人気有るのは、つまり逆説的な。
多少の憧れくらいはあっても、実現するとは思わない夢。
彼女は王族である事を時折疎ましそうにもしていましたが基本的には誇りとか、までいかなくても受け入れていると。

なーんてね!