例えばこんな舞台裏。
この場所が薄暗い事など、今更過ぎて糾弾する気にもなれなかった。
よく言えばムーディー、悪く言えば陰気。問題としては簡単で、城全体が広過ぎるのだ。
人一人の為に宛がわれた、灯火のような蝋燭で、この部屋全体を照らす事などはどうしてどうしてとてもとても。
「気分はどうだ?」
到る道中一つにさえ蜘蛛の巣や埃が似合いの、しかし意外ときれい好きなのか、それとも迎える客人の為か、それは即ち彼女の事を指すそのまま。
よくよく隅まで掃除の行き届いた部屋の中、如何にもと言った風体の、豪奢な天蓋付きの寝台には大変心地のよい寝具が備わっている。
掛けた体重分だけ沈み込みそうな、それでいて適度な弾力性をも持っている、真白い布団に腰掛けながら、掛けられた言葉にやんわりと笑んだ。
「大変宜しいですわ。いつも通り。」
厭味混じりにも美しく、確かな彼女のその様子に、ずんぐりとした体格を揺らして豪快にこの城の主は吼えた。
否、笑った。
「それならよかった。相変わらず、手荒ですまんな?」
この二人――――果たして片一方は人であるとはとても疑わしいところであるが兎も角も見比べると、適す言葉は明らかに美女と野獣。それ以外には、無いのであろう。
包み込まれるように馨しい、薔薇と石鹸の香り漂わせた、少しくせっ毛気味の髪を弄びながら華美な桃色のドレスに身を包む、白き柔肌と円らな眼。それは高貴な身分の証。
一般人を比較対象として持ってくればその身の丈実に二倍はあろうかと言う縦にも横にも大柄な身体、それを包み込むのは心ごとを現したようにも見える強硬な殻。
誰がこの二つを持ってして、釣り合いが取れるというのであろうか。
いっそ儚い女性が今を持ってして、襲いかかられその命、若しくは操が奪われかねないと、危機的状況に陥ったと想像、危ぶみを心に持つべきなのであろう。
しかし悠然と振る舞い対等に語り合い、優美にして毅然の態度はどちらが一体上位にあるのか。
小柄な彼女と比べれば、三倍にも匹敵する巨体を持って、獣が歩み寄る白く華奢な卓上に、着々とお茶の準備が敷かれていた。
「お持て成しの用意や仕方も、随分と堂に入ったものですね。」
進んだ様子に身を起こし、裾からちらと覗いた限りではあまりに折れそうでか細い脚を、ずいと遣して威厳のまま相席した。
「慣れとは怖いものだろう。なぁ?」
脅迫染みた相槌を促しながら、この獣が座るには凡そ役者不足であろう背凭れの無い丸椅子に、全身全霊を持ってどかりと圧し掛かると、しっかりとした筈の四肢も悲鳴を上げ、撓んだ形は曲線美。まるで城全体が揺らいだ感触で頭上のシャンデリアが不安げに左右した。
それ自体は洗練されたものでありながら、比べるとあまりに非力で弱小な、ままごとセットのようなティーポットを摘むようにして持ち上げ、器用にも二人分の紅茶を注いで見せる。
湯気が沸き立つ清楚なカップに、そっと顔を近付け香りを確かめると、うっとりとした面持ちで夢見心地のまま、可憐な唇が口付けをした。心做しか、カップにさえ感情があるように恥じらいが見えるその仕草を、獣もまた恍惚と眺めては、同じように、しかし随分と異なって思える口付けを小さな陶器にそっと交わす。尤も獣が手にするだけで殆どのものが縮小化して見えるのだが。
「矢張りあなたに淹れて頂く紅茶は格別ね。茶葉からして、違うのかしら。」
「そらそうだ。この城原産、振舞われるのは俺かお前か、選択肢なんてその二つだけさ。特別なんだろ。」
楽しげなお茶会が広がる一方で、一角の窓から覗く景色に赤い光が走り染め上げた。
瞬時に終わるグラデーション、再び外には青い暗闇。分厚い壁に護られ更に、その中で最も安全な筈の、この場所でも耳を済ませてしまえば、軋む壁音が小さく付いた。
「目を凝らしても埃が落ちない辺り、流石整備がなされているのね。」
硝子の戸を打ち払えば恐らく、けたたましい限りの喧騒か賑わいか、少なくとも今すぐにでも、この耳には届くのだろうと予感した。
「古めかしいのは外見だけさ。大切な人質様を、匿う為の社なんだから。」
馬鹿にした物言いに、眉を潜めながら牽制代わり、静かに主を戻されたソーサーは、役目が終わった事を悟れただろうか。
「どうしてこうも、騒がしいものなのでしょう。毎度毎度、もっと静かに、せめて落ち着いて、事とは為せないものなのでしょうか。」
哀しげに、というよりは何処か、嘲笑う口調に沈む視線。
先に潜むマネキンのような手が、ぬいぐるみのような手に向かい、そっと重ねる事を願った。
「俺に云っているのかい? それとも国に? それとも、あいつに。」
溜息交じりでもう一方の、とうに中身は空になっていたカップが、足場に戻されたと同時、両手が彼女の掌を包んだ。
上目遣いで見つめられて、バツが悪そうに獣が即座、掌を戻して立ち上がると、彼女を前にして覆い被さる。
抱きしめたのであろう伸びる影には、潰しているようにしか映らない。
「わかるだろう? 所詮俺は、取って食っちまうような奴なのさ。」
「それにつけ込んで茶番を演じて、国を護る彼らは何。乗せられるがままに演じる、彼は何。どちらの方がより、滑稽だというの。」
決して触り心地はよくない、上手くしなければ怪我を負う事必至、そんな背中の棘付き甲羅をなんとも容易く慣れた手つきで、やんわりと抱き返すその繊細な腕。
脆弱そうで有りながら、心に通う芯を持つ者。
「知っていながら演じる、俺かもな。」
以前叱責した以来なのだから、凡そ半年目、久方ぶりの、獣の自嘲に今度こそ彼女は、哀しそうに瞼を結んだ。
どう足掻こうとも、覆せないのは。
埋め尽くせない限りの二人の差。
先ずはその大きさからして、全てが違う事はあまりにも明白。
裂ける口から生える牙も、重力に任せて突き立てれば、瞬間一突きで砕け散るのであろう、それだけでも凶暴さを醸す命の儚さ。
堅く太い爪、硬くざらついた表皮、それよりも尚頑なな心。
「いっそ一思いに、身ごと貫いて下されば良いのに。」
いつぞや冗談めかした言葉が懐かしい。
二度と馬鹿を云うなと珍しく、彼が激昂した記憶は根強くて。
逞しい限りのその全てを以てして、全身全霊彼は彼女を愛する者。
彼女は?
国を守る者として。民を治める者として。
統治すべきは先ず近場の人心。飼い慣らすべきは己の心。
決して感けていられる暇など、どちらにも余地という名すらないのだ。
その為の演出ならばなんでもしよう。
幾らでも誰でも騙してみせよう。
例え誰が体を張って、救ける役目を背負わされるとしても。
偽りのヒーロー。名前だけの栄光。
そんな彼さえ羨む思いは、その影に倒れるラストを知るからだ。
文字通り、全身全霊を以てして、獣は彼女を守る為に。
与えられた役目とは知らず、乞う声も聞こえないまま盲目に突き進む、英雄を立ててやるのが華というのか。
「それじゃあそろそろ行ってくるとしますか。ラスボスとして、お役目果たしに。」
触れる事も恭しく、離れたのは心身共にか。
形だけの牢獄に連れられ、戦いへ向かう獣に背く事は出来ないと。
先の部屋を客室と呼ぶのならまさしくそこは牢獄であり、冷たい鉄格子を隔てた二人は、それでも相見える時の中においては許され得る限りの接近。
「また次回のお越しをお待ちしていますよ。あるかどうかは利用される駒として判りかねますがしかし、その時はきっとまた荒っぽくなりますので御容赦下さいな。」
もう獣は彼女を見向きもしない。
「せめてもの償いにこの次の時は、美味しいお茶菓子を御馳走しよう。それまでは暫しのお別れを、持てる限りのお慈悲を持って、どうかお許し下さいませ。姫?」
その後ろで、彼女は笑んだ。
茶番を演じに進みゆく背に、かける言葉は心中に留めよう。
嗚呼、あれはなんて莫迦な者。
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++以下言い訳
よくもこれだけ捏造設定パラレル宜しくを構成するな、そんな感じです。
さぁて、なんの話なんでしょう。ね。いや簡単にあっさり見破られても悔しいのなんのとか言いそうですが。
つまりハイパージャンプを使う主人公がちっとも出てこないあのお話です。最後にお姫様名前出そうか迷いつつ。
ちなみに類似しているからとそんな名を与えられた彼の弟もこっそり好きです。
当の主人公はまた全く以て興味懐かれていないんですけどね!! 可哀相に。
暫くはゲームネタでいこうと思います。嘘です。適当にぼちぼち気分次第手当たり次第です。いつだってそうじゃんね!
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