たゆたう


 もう、これで何度目の事?
 細かく細かく細かく、ひたすらの粒になって還る世界。緻密な粒子は水の流れを象るように、ただただほぐれ、そして何処かへと向かい。
 もうこれで、何度目の。
 再三再四繰り返そうとも今再び眠りと蘇りを体現せんとする世界に成す術も無く、ふわふわ、LCLに漂うかのような、覚束ない、曖昧な、碇シンジはたゆたっていた。
 世界の全てに包まれながらにして、ただ一人その世界から孤立させられた、孤独の元。
「やぁ、君は未だゆかないのかい?」
 柔らかな音色は響き渡り緩やかに、シンジと同じくふやけていながら人の形らしきものを保っている彼は、そばまで来た。
「カヲル君。」
 見知った顔に安堵で応えシンジは受け入れた。
 空も地面も無い、何一つ境界線の無い世界の真ん中で、二人はゆったりぷかぷか、浮きながら、世界が流れていく様を見つめる。
「もうここには誰も残っていない。感じるのだろうね、世界の鼓動や、息吹を。場面の準備は整っているようだ。」
 粒は円環を順繰りに、その輪がひしめき合っては白く霞むこのフィールドを造っている。だが規則正しくない円は歪で、どれもが一点の眩し過ぎる光に収束していった。そこが出口だと、知っているかのよう。
「これが一体何度目の事なのか、カヲル君は覚えている?」
「難しい質問だね。厳密に言えば何一つ同じものなど無いのだから。」
 互い裸体で、安定しないたゆたいを心地好いとして、離れては近づき、近づいては離れていく。
「惣流・アスカ・ラングレーを、綾波レイを、葛城ミサトを、碇ゲンドウを、エヴァンゲリオン初号機を、一番に据えても駄目だった、という結果論は同じかもしれないけれどね。其々の過程が違うのならば、同一視するのは勿体無いよ。」
「だけど、何を、何度、やっても駄目なんだ。」
 打ちのめされ頭を抱えるシンジに伸ばしたカヲルの手は、ぐるぐる画かれる楕円の流れに従って離れていく為届かない。ただ一人、ループに入る勇気のないシンジの手には、届けない。既に存在する流れに、飛び込むおそろしさはとびきりで、拒まれたらどうしよう、そんな不安が、どうせ弾かれるんだ、決め付けに変わって、竦む足は、動けないのではなく動かないのだと言い訳をして。
「アスカも、綾波も、ミサトさんも、父さんも、……エヴァも、みんな、みんな、みんな。」
 再び近づく巡りにようやく届いた掌が撫でる、カヲルから齎された快感は僅か緊張をほどき、思いついたようシンジはカヲルに縋る。
「カヲル君だったら、よかったのかな?」
「求められるのは光栄の極みだけれどね。」
 穏やかではあったが哀しさを滲ませて笑うカヲルに、軽率な発言であったとシンジは更に落ち込みを深くした。
「いつも、強烈なまでに惹かれてくれる。とても喜ばしい事だ。しかしながら、僕自身の唯一の自由選択権である生死の内死を選んでしまう以上、どれだけシンジ君の大部分を占められても、パートナーにはなれないんだよ。」
「生きる事を、選べはしないの?」
 諦めきれずに懇願する瞳に、困ったようにカヲルはもう一度笑う。抱きしめられたいと伸ばしたシンジの手が、届かないところまで距離が開いて。
「それこそ何度も云ってるじゃないか。僕が生を選んだとて、リリンには破滅を導く存在でしかない。性質上、君にとってその手で殺すべき、存在。そういう役割なんだ。」
「だけど、きっとカヲル君なら、僕に優しくしてくれる……」
「どの行程を振り返っても、君はその手で僕を殺す。その事実こそが発言の矛盾を証明しているとは思わないかい?」
 痛いところを突かれ押し黙るシンジを、もう一度撫でるカヲルの手に、ついさっきまでと同じ僖びを見出す事が出来ずシンジは膝を抱え縮こまった。
「だったら、独りでいたらいいのかな。」
 毎回脳内はクリアーにされているのだからその都度の碇シンジには知る由も無い何度目。
 死を遂げ生に向かわなければならない無限回帰の道に浮く今の瞬間だけ、きっとこれはもう何回も繰り返されたのだろうと思える境地に立ち。
 自身の不安定ではっきりしない位置。
 だがそれこそ自身で作り出している居場所。
 絶望と歯痒さに苛まれ、シンジはすすり泣くよう、ヒステリックな声を上げる。
「僕が、みんなを道連れにばかりして、それでも何も得られないなら、僕が独りでいればいいんだ……!」
 誰に優しくされても、素直に信じきる事が出来ない。
 誰が手を差し伸べても、受け取る事も出来ない、自分が。
 自分が。

「前世と来世の存在がそれなりに普及しているけれどね。」
 唐突な語り出しに顔を上げると、カヲルの後姿が光に包まれ、目映く。薄く細い背中は不安定な世界を示しては時折波線のように揺れ、それでいて引き締まった筋肉の生命力を映してもいる。
 爪先まで細長い指を伸ばし、羽ばたくよう、泳ぐよう、雄大にして、穏当な、後姿は、徐々に淡く世界に滲み出した。
「無限ループの可能性もまた、人の片隅に存在している。」
「無限……」
「つまり一つの命が寿命を迎え終わりそして新たに生まれた時、同じ性別同じ名前同じ家族同じ友人と同じ時間を同じ流れで過ごすのだと。その上で幾つか選択肢の違いが別世界を生むともされる。」
「ずっと、同じ…………」
「まさに、まるで、今のようだとは思わないかい?」
 振り返った表情は、初めて出逢った日のように、総てを見渡しているかのようで、何も見せてはくれない、屈託の無い爽やかさ。
「付き合わされて可哀想だと君は云うけれど、これは例外ではなく、寧ろ始めから、そういう人生だったのかも知れないね。」
 近づく周期の番。カヲルは包み込むよう、シンジが求めるがまま抱きしめ、語る。
「君の人生だ、君がすきに選んでいいんだ。君が心ゆくまで。」
「既にずっと、そうだけどね。」
「折角なんだから選りすぐって御覧よ。納得の、満足のいくまで。」
 だが若しかしたらそれもまた、シンジがカヲルに願う心が投影された姿なのではと、おびえた瞬間。
 答えも出ないのに、ぬくもりもなかった抱擁は終わりを告げて、カヲルも粒子の中へと消える。
 幾つもの、数多の、無限の、中へ。

 世界は、何度でも蘇る。
 愛しい人達も、蘇る。
 そして僕も、蘇る。

 だけどまた、壊れてしまうのだろうか。
 きっとまた、壊してしまうのだ。

 それでも蘇る、何度でも。























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++以下言い訳

若干短いですがQが出て亜種が唱えづらくなる前に無限ループ説を放置してみるテスト。若しかしたら不親切で書き手独りよがりな部分があるやも知れませんが見直しは今度します。今は何故か無性に眠い……なんなのだ急に。
無限ループ説が碇シンジやリリス云々ではなく世界の法則である、というのが多分判りづらい設定の話です。取り敢えず前提として何回も繰り返しているそうなので、我らの知る旧劇場版がアスカを選び失敗した世界なら、レイやミサトを選んだ場合の世界が気になるじゃないか、というのはエヴァの二次創作の一つの流れなのではないかと個人的に思い込んでいるんですが←
生と死の狭間、死から生へ向かう瞬間でなら知覚も自覚も自責も有り得るのではという悉くが著しい妄想ですが、何処でもカヲル君は優しくて、その度にシンジは惹かれてゆくのに、彼をその手で殺す決断だけは変わらなければいいというのもまた激しい脳みその中のお話で、信者ですらそんな風に考えるのだからやはりQでもカヲル君に未来はないのだろうか……あ、目から鼻水が。