傷だらけの背中。
 その、一つ一つを、ボクは知ってる。

 ボクの弱さの証に、他ならないから。

 傷だらけの背中。
 その、一つ一つを、ボクは知ってる。


 




 ユグドラシルでマルーとバルトのツーショットあらば、掛けられる言葉の種類は一つきり。
「仲睦まじくて、いやぁ将来が楽しみだなぁ。」
「本当、未来の大教母様と王ですから、これ以上無い組み合わせの夫婦ですね。」
 老若男女問わず目を細め早過ぎる祝いを送られる度、痛んで痛んで仕方が無い。
「もう、やめてったら!」
 照れたように大声で掻き消し、手をばたばた振り乱すマルーの横でバルトも明らかに照れ隠しで大仰な動作になっているが、それさえ微笑ましいと人々は意に介さない。
「ほら、もっとおしとやかになさって下さいマルー様?」
「お嫁さんがそんなんじゃ、若の将来が見えてますね。」
 カカア天下になるとでも言いたいのだろうか、にやにや含み笑いをやめない観衆。
 期待、されているんだ。
 知ってる。そんな事知っている。
 だけど。
「ボクは若のお嫁さんになんかならないんだから!」
 絶叫にわなわな全身を震わせ、飛び出すようにデッキから走り去ったマルーの背を、二人を礼賛するあまり皆の視界から忘れられがちなフェイが思わず追うがその横に続くべきバルトの姿は無い。不審に思いポニーテールを揺らして振り返ると、追おうとしていた体制を直し目配せ一つ送られる。
 取り敢えず放っときゃいいんだ、なんて乱暴な心理ではないと汲み取って、そのまま一人でマルーを追う事にした。


 自動開閉を待ち切れずドアを頻りに叩いては、開いた途端勢い込んで転びそうにベッドへもつれ込む。割り当てられた自室に辿り着いても落ち着けず、遽しげな雰囲気に元々丸い目を更に丸くしているチュチュを力任せに抱き上げ、その締め付けに苦しげな息が洩れた。
「チュッ!? ちょっ、マルーしゃん苦しいでしゅ〜!!」
 聞こえないと言わんばかりもっときつく抱きしめられて、只事ではない雰囲気を感じ取ったか諦めたようにチュチュはされるがまま。
「ボク、弱いもん。なんの力も無い、子供で、成長したって大して強くなんかなれない……女なんだから。」
「チュ〜。マルーしゃんは女なのがいやなんでしゅか? チュチュはフェイに愛を語れて女に生まれてよかった〜って、いつも感じてましゅが。」
 鼻をひくつかせ心配そうな声音のチュチュに小さく笑いを洩らし、その瞳から零れた涙がチュチュの髭を伝って床へ。
「……泣いてるんでしゅか?」
「だってボク、ボクである事がいやなんだもん……」
 若の躯は傷だらけ。
 無茶をして負った怪我も沢山あるけれど、特に一際目に付く背の痣は、どれもこれもボクを庇って出来たもの。
 自らの分を忘れたシャーカーンの暴虐、幼い日に捕らわれた二人。守るよう、楯になって、ボクに与えられるべき痛みまでその全てを引き受けてくれた。

 それに対して、出来た事が、泣きながらやめてくれと、懇願するしかない自分。

 だいきらいなんだ。許せないんだ。
 非力でか弱い、女である事が。
 無力で脆弱な、女である事が。

 生まれながらの性を否定してまで、自らを苛める事でしか、克服する術なんて無い。

「マルー?」
 ノックはするが、入ってくる様子は無い。
 返事をしたげなチュチュを制して、フェイだと気付いても、暫く答えを返さなかった。

 フェイは、バルトが親友と言って憚らない、その名にたがわぬ戦友っぷり。
 対等で、肩並べ、部下でも上司でもなく共に戦える、唯一の。

「フェイは、いいなぁ。」
 立ち去っていない気配を確認して、ぽつり呟かれた台詞に、存在を示したイコール入室許可と取りフェイは部屋へと入る。壁に凭れ蹲る身を更に縮め、チュチュにうずめた口から届く声はくぐもっていて聞き取り辛い。
「フェイは、いいなぁ。」
 それでも繰り返された羨望の色に片眉を上げ、今にも泣きそうな女の子の扱い方など露程も知らぬフェイはたじろぎながら極力優しい声色で話し掛ける。
「俺なんか……いっつも、人に迷惑掛けてばっかりだよ。」
 トーンの低い言葉の真意は、本人にしか理解し得ない溝。慰めに来たのかは知らずそれでもフェイの方まで泣きそうになっては、マルーも反発と同情が立ち上がって居心地悪そうに、立場を決められずに。
「でもっ、でも
――――戦えるでしょう? 若と一緒に、立ち向かっていけるでしょう?」
 ほどけて来た力を知ってもチュチュは胸元から離れず、円らな瞳をマルーに、時にフェイに向け静かに見守る。
「なんで、なんでボクにはそう出来ないんだろう。いっつも、守られてばっかりで、その度、若にばっかり、若に……」
 纏まらない語尾は消え入り、葛藤の内容を把握してフェイが顔を上げると、大粒の涙を目の端に溜めて、必死で零さないようにしているから、きっとマルーは泣いてないと言うのだろう。
「ボク、ボクだって、強くなりたい。一緒に戦いたいんだ。本当は、守れるくらいに。出来ないって、わかってるけど。」
「出来るさ。」
 気休めに苛立ち睨み付けてみても、フェイは穏やかな微笑を崩さず、大きな掌でマルーの頭を包むように撫でる。仕草がぎこちなくて、あんまりぎこちなくて、マルーは笑いをこらえ切れなかった。

 どんな心情でも、『笑う』って忘れられないから、不思議。

「別に、拳を振るうだけが戦いじゃない。だったら、俺より先生が一緒の方がずっと楽だよ。バルトが俺を友達だって、呼んで、共に闘っていこうとするのは、目の前の敵を倒すだけじゃない、その他の事も思うからじゃないかな。」
 被る大きなオレンジの帽子がずれて、フェイは撫でると言うには手際の悪い、ぽんぽんと叩くのをやめる。すかさずマルーがトレードマークの居住まいを直せば、解き放たれたチュチュはしがみ付くよう、フェイの足元へ飛んで行った。
「知ってるよ。ボクは大教母様になるんだもん。ちゃんと、知ってる。でも、」
 二人組のセットで必ずされる周囲の揶揄にさえ耐え切れないと逃げ出す自分がいやでたまらない。
 フェイに羨望どころか嫉妬さえ孕む自分の弱さ棚上げも気に入らない。

 きらいできらいで仕方が無いんだ。

 自らをすきになれないそんな自分が、一体どうして他に手を差し伸べる存在になれると言うのだろう。
「だから若を楯にしていいって、そんな訳無いし、ボクが弱い事の、理由に出来ない。」
 いつもなら、追って来て、慰めにもならない言葉で不器用にやって来るのは、バルト。
 その任を任せられるだけの信頼がフェイとの間に培われている事が、一番、羨ましくて、悔しくて。
「だから……若のところに行こっか?」
 その分出来た余剰で、バルトが何をしているのかなんてマルーの頭には容易く浮かんでいる。
 でも、それも又、頼っている事に、甘えに、他ならないと。

 自己解決の瞬間を図れずも立ち直って見えるマルーに、来た甲斐が無いとフェイは持て余し頭を掻きながら、共に部屋を出た。

「勿論、俺はアヴェを取り戻す! でも、未定は未定だ。」
「若が弱気になってちゃいけないんだー!」
「いーから! まだ先の事、わかってない未来を、押し付けるのは駄目だ。まさにこれからを生きるんだから。」
「マルー様がお嫁さんじゃいやなのー?」
「んだからそうじゃなくってだなぁ、あっちにも選択権があるというか、そういう微妙な事情は今後育んでいく訳で……」
 てっきり周囲の鎮静化を図っているのだと思いきや、バルトは子供を聴衆にしどろもどろ答え辛い質問ばかりされている様子。
「みんながあんまりそう言ってたら、なるものもならないでしょ? いいお友達なんだから、今は。」
 すっかり遊ばれているバルトが為のフォローが聞こえれば、子供達は歓声をあげわらわらたかり始める。あっという間一人ぼっちになってしまったバルトはといえばげっそり痩せ、マルーの人気を妬むよりは助かったといった体で。
「難しいんだなぁ、お前らも。」
「あぁん? そらそうよ、上に立つ者の苦悩ってやつだな。」
 飄々言ってのける頭を小突いて、フェイもマルーを取り囲む子供達の世界を慈しむように眺めた。もう戻らない日、懐かしい嘗て、村の子供達と戯れた過去。
 未だ立ち上がれず俯いたままの自分を置いて、日々掛けられる言葉が蝕んでいるのだろうに少し逃げても又戻って来れる、マルーの強さに当てられた気分。
「よぉっし、じゃあ若の弱点を探しにみんなで出発だ!」
「「「おー!」」」
「ちょっと待て今の流れで何処からそうなった!?」
 慌てふためくバルトを捨て置いて揚々ユグドラシル探検に進み出たマルー隊を追い、休んでいた男二人も加わる形でデッキを離れた。

 今日はもう、平気。
 明日はまだ、わからないけれど。

「やぁ、相変わらず仲がお宜しくて結構ですね。」
 笑顔で、喜んでくれるとでも思い、掛けられる声。
「仲が悪いよりは勿論いいよ。」
 素直には、受け取れない。
 飲み込む事は、少し難しい。
 それでも笑って躱せるくらいには、取り繕えなければ教母の名が泣く。
「ね、若?」
「ま、な。」
 悪餓鬼のよう、巫山戯合って、今はまだ、そこに甘んじる事に許しを請う。
 王でも教母でも無く、願わくば一個人として。

























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++以下言い訳

常々ユグドラシルで皆が掛ける言葉と、それに慌てるマルーを見て、こんな気持ちくらい無いかなと妄想しておりました。
所謂ボク少女が必ずしもこの概念に当てはまる訳では無論ありませんが、多少は、己の性を否定したり成長をきらっての面もあるんじゃないかと。
いやとか、そんなんじゃない。謂わばプレッシャーに近いところでしょうか。
ところで前作のゼノギ話にも出ていましたが、自分はチュチュがすきなんでしょうか。問われたってわかんねーよw
アハツェン戦で巨大化した際は名曲も相俟って今でも感極まってしまいますが、後エリィ失踪時の対応のほんわかさも素敵だと思いますが、どちらかと言えば苦手属性だと思うんですがね。
いや、決め付けは良くない。そうして幅を決めてしまうのはつまらない事だ。
例え9のエーコのような噛ませ犬ですらない賑やかしであっても!(それはすきな奴の台詞か?)