続、々、編。
あ、駄目だ。
途切れる瞬間、手放すタイミング。
抵抗は虚しく、抗うも恋しく、諦めにも似た認知。
セリスは自我を失った。
次に間違いなく自身である、そう認識出来たのは飛空挺の寝台の上。
イメージのみで語る事が許されるのならば断片的に残るのは、覚束無い足取りで、取り留めも無くぶつぶつを零し、必要が無い場所へ無茶苦茶に魔導を叩き付ける、意味の無い高笑いと共に。
あれは、私?
えぇ、私ね。
紛れも無いくらい自分で無い自分。
「嗚呼、つまりなんて最悪。」
神経が痛んで、四肢に力が入らない。枕元の小机に置かれた水差しさえ取る気力も無く、渇きと格闘しながら十数分、弱々しいノックの音と共に入室したストラゴスが発見してくれたおかげで、なんとか乾涸びる心配は無さそうだった。
「他に何かあるかね? 使いっ走りなら喜んで引き受けよう。」
「いいえ、取り敢えずは。ありがとう。」
手を借りて上体だけ起き上がり、ようやく人心地ついたセリスは力無く微笑んだ。蓄えた髭の下でストラゴスも笑んでいる。
「ふむ。しかし溜まった疲れは隠せないようじゃな。このまま暫く休んでみてはどうかな?」
「そんな、これからが正念場でしょう。いつまでも休んでなんかいられないわ。」
証を立てるべく無理に元気を振舞おうとするのを制しストラゴスはいつになく、穏やかな瞳に優しさ以外の、厳しさに似た、寂しさにも似た、光を滲ませた。
あまり出逢った事の無いその色合いが、ふと、今は遠いシドの事を思い起こさせて、きゅっと、胸が締められる、痛み。
「儂も、腐っても魔道士の端くれじゃ。状態くらい理解出来る。」
見舞いの品の果物を指し、一つ如何と問われ、セリスはこくり頷く。バスケットから定番の林檎とナイフを取り出してストラゴスは手際よく剥き出した。
皺だらけの掌の中でくるくると回る赤い宝石に見蕩れながら、例えば範囲ではないロックやエドガーなら、また知識はあまり深くないティナであったなら、きっとやり過ごせたろうに、喰えない老人がわざわざ見舞ったのも、そのような理由からなのやも知れないと。
「こんな事を言うのも難じゃがな。お主は少し、ここのところ特に、おかしく見える。」
「仰る通り、疲れが抜けていないのかも知れませんね。休養の大事さを今身を以て体感していますから。」
「宜しい。じゃが、それだけではないと、これは儂の単なる勘に過ぎないのじゃが……どうかな?」
苦笑いさえ、零せなかった。
ぎこちない、娘か孫くらいのセリスの顔を見て、ストラゴスは重い息を吐く。
どう、と問われても。
答えられる術など無い。
ストラゴスの推測がセリスの真実である確固とした理由など無いし、疑惑が当たっているのだとしても、尚更答えられたものでは無い。
見識深い魔道士で無くとも、自身の躯の事、多少の変異くらいは身に覚える。
だが悟ったとて管理すれば問題無いと、思った矢先に今し方の大迷惑の結果が歴然と横たわって、甘い考えを苛めて。
「矢張り、生粋の魔道士で無い分、拒絶反応とでも言うのかしら、ティナや貴方のようには、いかないようです。」
皮肉を述べる事でストラゴスからのそれ以上の追窮を拒否して、存外綺麗に剥けた八分の一を受け取り啄む。
しゃくり、水分の弾ける瑞々しい音が、随分と静かに思える室内に響いた。
「そう言えば、みんなは?」
思い付いたように確認すれば、話題転換に諦めて乗じたストラゴスは例のすっとぼけっぷりを発揮してそうそう、なんて不自然なくらい声を高くして相槌を打つ。
「ナルシェの付近にいたのはお覚えかな? なんでもモグとウーマロが秘密の宝を山に隠したまま忘れてしまったとかで、探しに行ったんじゃ。」
「へぇ……じゃあきっと、ティナとロックが一緒に行ったんですか?」
「嗚呼、ロックは土地勘があるし、ティナにとっても思い出深い場所なんじゃろうな。」
当てずっぽの理由であるティナの、例えばモーグリやロックとの出会い、例えばヴァリガルマンダとの邂逅は、ストラゴスは当事者では無かったが昔語りで知ったのだろう、それ以外の他意も無く。
思い出なんて言葉で片付けるには、とても、足りない。
「道理で寒いと思った。少しこたえますね。」
「セッツァーにでも頼んでおこう。寒冷地仕様では無い船にしても、もう少し防寒対策くらいあろう。」
「お願いします。」
不思議な擽ったさに、なんとなしに顔を見合わせ笑い合ってしまう。
彼是理由は多々あれど、同じ場所で今時を刻んでいく、仲間。
歳も立場も出身も、何もかもが違っていても、ただ一つの目的の為に集まり、意思を燃やす。
打倒ケフカ。
けれどもうじきその約束を、破ってしまう事になるのかも知れない。
言い知れぬ不安、何処かで納得してしまう心、抱えたままセリスは二掛け目の林檎を齧る。
「儂はどちらかと言えば皆とは、馴染めていない方じゃろうな。」
「そんな、頼りにしてますよ御意見番。」
「こんな老いぼれでも敬ってくれるのはありがたいがな。それを、悪い事だとは思っておらんのじゃよ。リルムのように無邪気にはしゃげる歳でも無し、お主らのように命を賭す覚悟にしても、儂の場合は生々しくてどろどろしてしまう。」
途絶える事無く皮を剥き終わった美しい一本に満足そう、眺めていたストラゴスも一つを啄んで何気ない風に流すが、空恐ろしい台詞ではある。
「どうしても、一歩引いたと言うか、保護者目線で見てしまうんじゃな。ついつい口煩くいらぬ事ばかり気にしてしまうんじゃ。」
「私は、嬉しかったりしますよ。」
感じた、穏やかな眼差し。
感じた、安堵の正体を。
「幼い頃から魔導研究所にいて、親と呼べるような存在はシド博士だけだった。それも、帝国から逃げ出してしまったり、今も床に臥せっていると言うのに置いて旅している事が時折苦しくなるんです。」
一人静かに眠りながら、波のささめきが押し寄せる、孤島で一人静かに眠りながら、どうしているのかと思い馳せるばかり。
「勿論、どんな時だって私の背中を押して応援してくれるけど、でも、やっぱり、いつも何処かでは心配になってしまう。」
旅立つ自分を送り出す、か細い声に、華奢な腕。いつの間にか小さな躯が、心配する私を心配そうに見て。
「ストラゴスが側にいてくれると、おじいちゃんが傍にいてくれるみたいで、ほっとするの。ね、大事でしょ?」
だけど、もう、逢えないかも知れないね。
病人に励まされて居心地悪そうに、ストラゴスは目を細め皺を深めて笑った。それは、造作は違うがシドの笑顔と通じるもののある、温かさに満ちていた。
「……だから、少しだけ、弱音、吐いてもいいかな。」
瞼を閉じ、躯を倒し、再び眠ってしまったかのようなセリスが、ぽつり呟いた言葉をのがさずに、しかしストラゴスは何もアクションせず、じっと聞き入る。
「私、たまにわからなくなるの。何処にいるかとか、自分が何であるかとか、考えたって仕方のない事が、ぐるぐるぐるぐる、何かと会話してるみたい。」
「誰かじゃない。自分以外の何と話しているのか、それすらもわからないけれど、でも、私、知ってるわ。ううん、全然知らなかったけど、でも、きっと、あの人もそうだったんじゃないかって。」
「掻き乱される感じ。どうしようもない不安に駆られる。足下には何も無くて、目の前にも何も無くて、私自身さえ何も無くて。」
「知らなかったの、こんな気持ちだと、知っていたら……どうしたらよかったのかしら。」
その時までの逡巡も。
その時を迎えた心境と。
不思議と波風立たず、ただ茫洋としている。
漠然も曖昧も境界線なんて何一つ無い。
極彩色の明滅、それくらい目が眩むイメージを持っていたけれど、侵食される静けさは、気付いた頃には手遅れの。
忍び寄る恐ろしさより、もう受け入れる他無いのだと言う、厳然とした真実が横たわっていた。
「主観だらけで全くなんの事じゃか皆目見当も付かんがな。」
言われて当然の感想に、それでも吐き出せて満足そう、セリスは落ち着き払っている。
「抱え込むのもよかろう。潰されそうになったら、こうして爺に聞かせるもよし、一人で立ち向かうもよし。自分が安定しているのなら、構わんよ。」
余す事無く総てを皆に曝け出せ、そんなところが定説。
しかしそれも道の一つでしかなく、必ずしも最良では無いと、押し付けないでいてくれた事がありがたかった。
誰にとって最良であるか、とても固定出来る事ではないから。
「えぇ。お蔭様で、心構えが出来ました。」
もっと、自身で無くなる時間が増えるのだろうか。
もっと、何もかもわからなくなる日が来るのだろうか。
もっと、沢山の迷惑を掛けてしまうかもしれない。
それもまた所詮若しものお話。
「その時が来ようと来なかろうと、私が私でいられる限りは、私でいようと思います。」
願わくば、あの人のようになりませんように。
願わくば、なったとしたも討って貰えますように。
願わくば、
願わくば、この孤独を分かち合えるあの人の役に、自己満足でいい、立てたのならば。
知らず疎むより、知ったふりで嘆くより、知った上で、あなたを討ちたい。
二次へ
廻廊へ
++以下言い訳
セリスが狂ったのなら、という話のつもりでしたがほんの序章ですねどうも。いやそもそも判り辛いからね相当?
ケフカみたいになる可能性を誰が否定出来ようか。いっそ完全にそうなり切らないからこそ位置付けに苦しんでいたらいい。
えぇいこのサディストめが!
ストラゴスをぞんざいに扱っているのは誰あろうこのおれ! だってパワーバランスとか凄く微妙じゃありませんか?(酷)
青魔法にそこまで依存していないので……嗚呼でもアクアブレスとかはすきなんですが。後ホワイトウィンドウ。6にあったか?
加えて年齢を鑑みても、一致団結をそっと見守ってるくらいの一歩引いた目線。
それはセッツァーに関しても多少そういう気持ちがあるんですが。ダリルイベントをこなしたとしてもだ、あいつ自身にそこまでケフカと戦う理由なんてあるのか?
取り敢えず貴様の中で愛すべき第一位がケフカなのはよぅくわかったから!! もう黙れ。
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