2000年の朝日杯3歳Sの日に、私にはもうひとつの出会いがありました。
6Rを見ていたら、他馬を突き放してすごい勝ち方をした馬がいました。
それを私の隣で見ていた父は、いつも以上に興奮して新聞の馬柱を指し、
「この馬が勝ったんだよ!牝馬だよ!あんな勝ち方をするなんて、
きっとこれからもっと強くなるぞ〜!」
っと言いました。
父が指していた彼女の名前を見ると“シェリルウーマン”と書いてありましたが
当然初めて見る名前なので、父に何と答えたらいいのかわからなかったのですが
彼女の父がメジロライアンと書いてあるのに気付き、
私はメジロドーベルのことを思い出していました。
メジロドーベルのことは、親孝行娘と記憶していたので、
きっとこのシェリルウーマンもこれから活躍して親孝行娘になれるのかなぁと
思いました。
父と私は、シェリルウーマンという、まだ若い牝馬を好きになり、
その後も一緒に応援していくようになりました。
実はこの日はシェリルウーマンのデビュー戦だったのです。
そして、私が競馬場デビューした日でしたので、
なんだか一緒にデビューしたような気になりました。
私は大好きな父の自慢の娘になれるように、今までいろいろがんばってきました。
メジロドーベルのような、親孝行娘になりたいと思っていましたので、
シェリルウーマンに対しても、「一緒に頑張っていこうね」
という感情があったのです。
そういうわけで、私にとってシェリルウーマンは特別な馬なんです。
彼女は特に名牝にはなれなかったけど、そんな悔しいところも自分に重ねてしまうので
私はネット上などで、自分を「シェリルウーマン」もしくは「ライアンの娘」
と名のるようになったのです。
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