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老人と海
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「老人と海宿題の読書感想文を書くために読んだわけではありません。 内容に関しては、自分がとやかくいうようなものではないけど、鈎にかかった大魚にとどめを刺そうとしている以下のシーンは印象に残った。 「お前はおれを殺す気だな、老人は心のうちで思った。なるほどその権利はある。おい、兄弟、おれはいままでに、お前ほど大きなやつを見たことがない。お前ほど美しいやつも、お前ほど落ちついた気高いやつも見たことがないんだ。さあ、殺せ、どっちがどっちを殺そうとかまうこたない。 「相克の森」にも、主人公が、自分が熊になった夢をみるシーンがあるが、こちらも、自分と魚が入れ替わる、もしくは同一視されている。 また、大魚を仕留めて港へ帰る間に、次のような老人の独白がある。 「魚をとるってことは、おれを生かしてくれることだが、同時におれを殺しもするんだ。」 こちらも、似たような内容が、相克の森にある。上記の「論理」と、自分が生きていくためには相手を殺さなければならないという罪の意識との間には関係があるような気がする。殺される相手を自分に見立てることで、仮想的に自分も殺されたことにする、または、自分の中に倫理を打ち立て、自分の欲望の一部を殺す。 「あれ一匹で、ずいぶん大勢の人間が腹を肥やせるものなあ、とかれは思う。けれど、その人間たちにあいつを食う値打ちがあるだろうか?あるものか。もちろん、そんな値打ちはありゃしない。あの堂々としたふるまい、あの威厳、あいつを食う値打ちのある人間なんて、ひとりだっているものか。」 いずれにしろ、このような心的傾向により、人間は、死というものに気づいてしまって以来、自身の心理的葛藤を調停してきたのだと思う。 |
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