パニックのあとに:金融戦争とグローバルな銀行権力の未来
      by F. William Engdahl (2008年10月9日) 

この2週間における欧州金融市場の振る舞いから明らかなことは、金融のメルトダウンおよびパニックに関する劇的な物語は、欧州内外のある有力な派閥によって故意に利用されているということであり、合衆国のサブプライムおよび資産を担保にした有価証券(ABS)の崩壊の結果として、グローバルな銀行経営の未来の姿を形作るために利用されているということである。
ここ数日における最も興味深い進展は、ドイツの首相、金融大臣、ドイツ中央銀行、および連立政府の一体化された強い態度である。全員・全機関が、アメリカ型の欧州スーパーファンドによる銀行への資金援助に反対している。
一方で、財務長官Henry Paulsonは、国家に損害を、金融世界における彼の仲間に利益を与えるため、彼の仲間内資本主義(Crony Capitalism)を着実に推し進めている。
それは存在する必要のなかった爆発性カクテルである。

株式市場における1日での7〜10%の暴落は、劇的なニュースの大見出しを作り、一般大衆の間にパニックに近い広範囲な不安感を助長するのに役立っている。
Hypo Real Estate、Dexia銀行、Fortis銀行の劇的な状態の救済、および疲弊した英国銀行の取扱いに関する政策の急進的な変更についての英国大蔵大臣Alistair Darlingによる発表以降のこの2週間の出来事は、事実上"Made in USA"危機であるところのものに対する明確に異なった欧州の対応の概要を暴き始めている。

合衆国ゴールドマン・サックスの元CEOであるHenry Paulson財務長官は馬鹿ではないと信じるに値する重要な根拠がある。
彼は本当は、良く考え抜かれた長期的な戦略に従って動いていると信じるに値する重要な根拠もある。
欧州において今彼らが展開している出来事は、それを確証するのに役立つ。
一人の古参の欧州銀行家が私的な議論において私に、こう云った。「欧州の銀行経営の未来の姿を定義するため、合衆国と欧州の間で全面戦争が進行している。」

この銀行家の見解では、イタリアのSilvio Berlusconi首相とフランスのNicholas Sarkosyが欧州共通"ファンド"−疲弊した銀行を救済するための、たぶん3,000億ドル以上のファンド−を用意するために進めている努力は、事実上、Paulsonと合衆国の支配者層の戦略にまさに嵌るであろう。事実上それら銀行を弱体化し、欧州銀行が保有する合衆国起源の資産を担保にした有価証券を償還するという戦略である。


権力集中のためのパニックの利用 

私の今度の本「マネーの力:アメリカの世紀の出現と終末」で述べているように、少なくとも1835年のパニック以降の主要な合衆国の金融パニックのいずれにおいても、特に1919年まではウォール街における最大の大物、JPモルガン商会が、合衆国銀行経営に対する彼らの掌握を強化するため、裏で銀行パニックを故意に引き起こした。
民間銀行がワシントンの政策−1913年における新しいFederal Reserveの民間所有権の厳密な定義を含む政策−をコントロールするためにパニックを利用した。また、US-Steel社、Caterpillar社、Westinghouse社などの企業に対する彼らの支配力を強化するために、パニックを利用したのである。
手短に云えば、彼らは、彼らの権力を増強するための経済戦争の熟練者である。

今、彼らは、アメリカの世紀の権力中枢であるグローバル金融を支配し続けることができるように、グローバルなスケールで同じようなことをするに違いない。

彼らの私的権力を集中させるパニックの利用プロセスは、少数の私的な手の中に金融および経済に関する権力の極度に強力な集中をもたらした。その同じ手は、影響力の強い合衆国外国政策シンクタンク、すなわち、アメリカの世紀の上昇を誘導するためのニューヨーク外交評議会を1919年に作った。タイム紙の創立者Henry Luceは、極めて重要な1941年のエッセイにおいてそのように称した。

財務長官になる前においてはウォール街のABS革命の最も積極的な実行者の一人であったHenry Paulsonのような人々が、彼らの過剰な強欲感を越えた動機に基づいて操作しているということが益々明らかになっている。
Paulson自身のバックグラウンドはその背景において興味深い。1970年代の初期に戻るが、PaulsonはJohn Erlichmanという名前の相当に悪名高い人物のために働くことで、彼のキャリアをスタートした。John Erlichmanは、ニクソン大統領の敵を黙らせるために、ウォーターゲート事件の間、配管工集団(Plumbers’ Unit)を作ったニクソンの冷酷なアドバイザーで、ニクソンの所為で監獄においてそのために"風の中で身をよじる(twist in the wind)"はめになった。

Paulsonは彼のホワイトハウスでの師匠から学んできたようである。
ニューヨークタイムズ紙の記事によれば、ゴールドマン・サックスのco-chairmanとして、彼は1998年に彼のco-chairmanであるJon Corzineを無理やり追い出し、タイムズ紙によれば"結果的にクーデターになった"。

Paulsonおよびシティグループ、JPモルガン・チェイスにおける彼の友人達は、資産を担保にした有価証券と規制緩和された銀行経営のゴッドファーザーである連邦準備制度の前議長Alan Greenspanと同じく、明らかになりつつある戦略を持っていた。
これについては、このサイトにおける以前の私のシリーズ、金融の津波Parts I-Vで詳細を述べている。

ある時点で、いかがわしいサブプライムおよび他の高リスクの住宅を担保とした有価証券の数兆ドルのピラミッドが崩壊しようとしていると知って、彼らがいわゆる"毒性廃棄物"のABS有価証券を出来るだけグローバルに拡げようと決断したことは明らかである。
世界の大きなグローバル銀行、特に欧州のほとんどの銀行を彼らのハニートラップに誘い込むためである。

彼らは助けになる人物を持っていた。
Lynn Turner氏による最近の宣誓証言において、証券取引委員会(SEC)のそのチーフ会計士は、クレジット・デフォルト・スワップ市場、名目上62兆ドルに値する風変わりな市場に対する監督責任を持っていたSECのリスク管理オフィースが、政府の"経費削減"のお蔭で、100名のスタッフを1名に減らされたと証言した。
そう、それは誤植ではない。それは"(カードゲームの)Uno"におけるように1である。

バーモント州の民主党下院議員Peter Welshは、Turnerに次のように質問した。
「...そのオフィースに1名しかいないならば、統制することが事実上不可能となるような統制力のシステマティックな過疎化はなかったのか?
146名の人々がSECの執行部門から削減されたと理解しているが、それがあなたが宣誓証言したことと同じことなのか?」
Turner氏は、連邦議会の宣誓証言で次のように返答した。
「はい、その政府機関のシステマティックな内部破壊、あるいは貴方がどう呼びたかろうとも、それがあったし、それはスタッフの縮小を通しての能力だと思います。」

それは単なる観念的な予算削減熱望であったのか、あるいは計画的であったのか?
以前ゴールドマン・サックスに努めていた男、大統領にブッシュの経営・予算オフィース(OMB)の元重役であったPaulson、現在の大統領のスタッフのチーフJoshua Boltenを雇うように説得したその男は、抵当資産の爆発的証券化について実効的な政府の見過ごしがないということを保証することに対して責任はあったのか?

両政党の善良な下院議員がHenry PaulsonやJosh Boltenのような人々に尋ねようとして当然の幾つかの質問が多分ある。リーマンでのRichard Fuldのボーナスがどのぐらい巨額であったのかというような問題から注意をそらすための質問ではない。
死体の上にBoltenの指紋はなかったか?
そして、ゴールドマン・サックスのCEOとしてのPaulsonの役割について、何故誰も質問しないのか?
それから、風変わりな金融商品や他の資産を担保にした有価証券商品の最も積極的なウォール街のプロモータについて、何故誰も質問しないのか?

何故、Henry Paulsonがウォール街の一企業、彼がゴールドマン・サックスのCEOであった時の彼の憎きライバル会社を選び出し、彼の師匠Erlichmanが"風の中で身をよじる"と云うのを好んだように、何故それで良しとしたのであろうか?
無風の中でくつろいでいるのはリーマン・ブラザーズと、その巨大なクレジット・デフォルト・スワップのポートフォリオであり、それはヘッジファンドと地球上の銀行をパニック的大量売却に導いていると報告されている。

Paulsonの戦略はクライシス、すなわち2003年の昔に遡って事前にプログラムされ、予測可能であったクライシスを利用すること、より保守的な欧州連合政府を合衆国の毒性廃棄物流動資産の救済に走る行動を取るようにうろたえさせること、であったということが今明らかになるであろう。その2003年に、Josh BoltenがOMB(経営・予算オフィース)のヘッドになったが、その時、それが爆発的に増加した。

それが起こったならば、その過程において、健全なEUの銀行および金融機関に残されたものが破壊され、Paulsonの仲間内-合衆国-スタイル(cronies—US-style)の仲間内資本主義に支配されたグローバルなマネー市場に世界を一歩近付けるであろう。
仲間内資本主義は、ここでは確かに妥当である。
ゴールドマン・サックスおよび財務省でのPaulsonの前任者Robert Rubinは、1997年に合衆国資本のヘッジファンドの投機的な攻撃、仲間内資本主義の攻撃を受けたタイ、インドネシアなどのアジアの銀行家を非難するのを好んだ。それによって、危機はアジアの国内で成長したとの印象を残し、合衆国資本の金融機関が、他の目的もあったが先ずはアジア・タイガー・モデルを排除してアジアを合衆国の負債の資金提供者にするために、故意に仕掛けた攻撃の結果ではないとの印象を残した。

特筆すべき興味ある事実は、Rubinが今、明らかにPaulsonの仲間内銀行の"遺物"であるシティグループの重役であるということであり、その銀行は現在まで毒性廃棄物有価証券資産を大量に帳消しにしなければならなかった。

もし、1907年のパニックのように事前に計画されたパニックとの主張が正確であるならば、それは大きな「もし」であり、そうならば、その計画は局面まで進んだ。その局面は10月3日の週末、偶然にもドイツの統一記念日にやって来た。

 

ドイツは合衆国モデルを捨てる(Germany breaks with US model)

10月5日(日)のすっかり夜が更けた頃の閉じたドア越しの会話において、Bundesbankの非常な頭取Alex Weber、BaFinの頭取Jochen Sanio、およびMerkel大蔵大臣のベルリン連合政府の代理人達は、Hypo Real Estateのために、ほんの僅か500億ユーロの救済抱き合わせ法案を提出した。
しかしながら、その劇的な大見出し数字の背後に、Weberが財務大臣Peer Steinbrück宛ての公開された9月29日付け手紙において指摘しているように、民間のドイツ銀行はその額の60%、政府銀行は40%を補充しなければならない。
それだけではなく、政府がBundesbankおよびBaFinと協力して救済クレジット協定を構築した用心深い方法を前提とするならば、最悪のシナリオでは政府の最大可能損失は57億ユーロに制限されるであろう。多くの人々が信じている300億ユーロでなく。
数日も下落する株式市場価格という脅迫の下、合衆国下院がPaulsonに与えることを同意したのは、何と7000億ドルの現金であり、銀行手形ではない。

財務大臣SteinbrückはHREの会長を速やかに更迭したが、同様の刑事上の詐欺師が巨額のボーナスを獲得して机に向かっているウォール街とは際立った対照をなしていて、このこともまた異なったアプローチを示している。
しかし、それは問題の核心をついていない。HREの状況は、以前に述べたように、HREの完全子会社銀行であるアイルランドのDEPFAにおける暴挙から生じたのである。アイルランドは、規制が自由放任され、税金が安いという体制で知られた欧州の一国である。



A British policy shift

英国では、今年初頭におけるNorthern Rockの高くついた馬鹿げた緊急援助のあと、Gordon Brown首相の内閣はドイツの態度の方向への劇的な政策変化を公表したばかりである。
英国の銀行は、Bank of Englandから空前の500億ポンド(640億ユーロ)の政府命綱・緊急ローンを受けるであろう。

政府は、Scotland Group公開有限会社とBarclays公開有限会社の王立銀行、および少なくとも他の6銀行から優先株を買い、また2,500億ポンドの融資保証を負債の借り換えのために提供するであろう、と財務大臣は言った。
Bank of Englandは、少なくとも2,500億ポンドを都合するであろう。
その計画は、各銀行がどれだけ手に入れるであろうかを明示していない。

それは、英国政府が、機能しないPaulsonの計画にならって不良債権を買い取るよりもむしろ、最も重要な国際銀行を少なくとも部分的に国有化するであろうことを意味する。
そのようなアプローチの下で、英国の納税義務者の支出になるが、いつか、危機が弱まり、ビジネスがより正常な状態に戻るならば、政府は政府所有株を健全な銀行に売ることができ、財務省は多分素晴らしい利益を得るであろう。
Northern RockおよびBradford & Bingleyに与えた包括的な保証は単に政府支出の水門を開けただけで、問題の変化に至らなかったということをBrown内閣は悟ったようである。

新しい国有化政策は、銀行が機能し続けられるように資本修正するよりもむしろ、Paulsonが救うことに決めた銀行の無価値の負債を買うというPaulsonの観念論的な"自由市場"アプローチと劇的に対照的である。

戦闘ラインが引かれた(The battle lines drawn)

浮かび上がってものは、進展している危機に対する2通りの正反対のアプローチの概要である。
Paulson計画は、3つの巨大でグローバルな金融巨人−すなわち、シティグループ、JPモルガン・チェイス、および勿論のことであるが、今や都合よく銀行になったPaulson所有のゴールドマン・サックス−を作り上げるためのプロジェクトの一部であることが、今や明らかである。
合衆国の納税者から7,000億ドルの緊急援助を奪うために、恐怖とパニックを利用することに成功し、今やビッグスリーは来る数年において欧州銀行を破壊するために彼らの無比の力を行使しようと努めるであろう。

世界最大の金融クレジット格付け機関であるMoody's and Standard & Poorsがスキャンダルや下院での証人喚問にさらされない限り、ゴールドマン・サックス、シティグループ、JPモルガン・チェイスからなる再編成された合衆国の金融権力は、彼らの愚行によって破産したアメリカ経済の破産の灰の上を歩いて、来る数年の間にもしかして再編成し、彼らのグローバルなアジェンダを前進させることができるであろう。

銀行預金を保証する一方で、"潰すには影響が大きすぎる"と欧州の財務大臣が思った銀行を国有化するという戦略に合意することによって、欧州の最大政府であるドイツと英国は、合衆国とは対照的な政策を選択した。その結果、欧州の巨大銀行はゴールドマン・サックスまたはシティグループから予期される金融的な攻撃に、より長期的な観点で耐え忍び得るであろう。

欧州とアジアの株式取引所における劇的な株式売り払いは現実的には二次的で遥かに危機的でない問題である。
市場レポートによると、合衆国のヘッジファンドが見舞われていて、Paulson計画が何ら言及していないところの経済不況に合衆国経済が突き進んでいると悟った合衆国のヘッジファンドがキャッシュ保有率を増やすために死に物狂いで売り払ったのが主原因である。

機能していて支払い能力のある銀行経営および銀行間システムは、はるかにより戦略的な問題である。ABS崩壊は“メイドイン・ニューヨーク”であった。
それにもかかわらず、その影響は隔離されねばならず、生存能力のある欧州銀行は、合衆国におけるようなPaulsonの銀行仲間の利益のためではなく、公衆の利益のために防衛した。
ヘッジファンドのような野放しのオフショア媒体、野放しの銀行経営、および野放しの保険業はすべて、私がそう呼んだように、80兆ドルのABS津波を引き起こすことに至った。
あるより保守的な欧州の勝負師はワシントンが提示した救済策カードを引くつもりはない。

欧州銀行および他の欧州の中央銀行による協調利下げは、見出しで報道されているけれども、実際には現実問題に対してほとんど効果が無い。:支払い能力が確実になるまで、銀行はお互いに貸出しするのを恐れている。

欧州を横切っての政府による部分国有化を開始し、Berlusconi(イタリア首相)/Sarkozy(フランス首相)の緊急救済スキームを拒絶することによって、欧州の政府は−今回、興味深いことにドイツが主導しているが−危機から浮かび上がるためのより健全な基礎を据えようとしている。

他に注意をそらしてはいけない、まだまだ始まったばかりである。
これは、1939年以降、アメリカの金融優位性および軍事優位性という2本の柱−全範囲での優位性−を築いてきたアメリカの世紀の生き残りのための闘いである。

ウォール街が仕掛けた1997-98年のアジア危機によって酷く焼かれたアジアの銀行は、合衆国の問題にほとんど全くさらされていないように思われる。
欧州の銀行は異なる状況にあるが、どの銀行も合衆国の銀行界ほど酷い訳ではない。


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