Mother's Luna











3.模範的少年の吸血鬼的生活













 手渡された紙には、ずらずら箇条書きで質問が連ねられていた。唐突に差し出されるがまま受け取ってはしまったが、困惑気味に成行は問いで返す。
「えっと、これ何?」
 実に率直な質問に愛満は色濃く隈が出来ている顔を揉みながら、眠たげに、しかし誇らしげに答える。
「アンケート。色々聞くより、こっちの方がお互いに負担にならないだろう、と。」
 無論、そんな事は問一問二と下っていけば瞭然なのだが、成行の欲しい答えはそこではなく。
「質問の厳選と、あんまりパソコンというものを使わないから殆ど徹夜になってしまって。」
「そりゃあ、お疲れ様。でも、密着取材って息巻いてたんだからすきなだけ訊いてくれて構わなかったのに。」
「まぁ、現実的に無理があるから。」
 顔を合わせてから三日目の、まだ遅刻にはならない時間帯、(するめ)の如く触れる度に味わい深さを見せる少女にすっかり骨抜きにされた少年は、どうやら疑問、というより寧ろ落胆の方が近かったらしい。
 そんな機微を目の前に欠伸を噛み殺す愛満は、昼食の時にでも落ち合おうと、タイムリミットを設けて早々に立ち去るものだから、鈍いのか手練れなのか。
 歩きながらでも首を落としそうにかっくんかっくん漕がせる愛満の足取りは千鳥足宜しく、そうまでして作り上げてくれたのだし、と気を取り直して、成行は再び紙面を追った。


問一  吸血鬼としての自覚について
 いつ頃:
 きっかけ:
 当時の心境:

問二 吸血鬼としての生活態度について
 長所:
 短所:
 悩み:

問三 吸血鬼という存在について
 自覚前:
 自覚後:

問四 吸血鬼の掟について(自由回答)


 出来の悪いテストか、出来の悪いラブレターか。御丁寧に(自由回答)とつける辺り前者のつもりなのやも知れない。
 どう捉えてよいものやらあぐねながら、取り敢えずこの質問の選出と打ち込みで徹夜というのは大仰な気がしてくるものだが、あの愛満のふらつき具合を見るにほらとも思えず、今の御時世若くしてキーボードに慣れないアナログ派もいるものだ、と落とし所を見つけ、成行は早速筆記用具を片手に欄を埋めていく。
 やれやれなんてため息の割に、顔が緩み綻ぶのを隠せず何処か、にやけながら。



 約束の昼休み、旧校舎と新校舎を繋ぐ渡り廊下で落ち合い、答案用紙を差し出すと愛満はまだ睡眠が足りていないようで寝惚け眼を抉じ開けながら、それでもざっと目を通す。
「問四が埋まっていないけど?」
 来るだろうな、と思っていた通りの言葉が、想像に程近い少しつんけんした声で向けられて、思わず成行が噴き出してしまうと不機嫌そうに片眉を上げる愛満に弁解スタート。
「うーん、掟、ってなんかいまいちわからなくってさ。」
「掟は掟、護らなくちゃいけないもの、って事。」
「いや、そりゃそうなんだろうけど。」
 このくだりも大凡イメージトレーニングに沿っていたので、早くも愛満の思考パターンを把握してしまったかとにやけが再び持ち上がりそうになるが、ところがどっこい侮れないのが彼女が鯣に例えられる所以。
「矜持や仕来りとして、遵守したい、するべきと、思えるものが無い生命体なんて殆ど価値が無い。」
「例えば人を殺しちゃいけないのは法律だけど、それ以前に倫理であると、そういう事?」
「大体そんなもの。」
「それじゃ大蒜とか十字架とかが苦手、なんて書かなくてよかった、て訳だ。」
 成行の得心がいったところで、最後の一言に愛満は考え込んだよう停止してしまったから、それはそれで仕来りの内だったのだろうかと頭を掻きつつ、どちらにしろ無知というこれ以上ない答えを差し出したのだ、悪化はないのだろうと顎に手をやり思考の中にいるのだろう何処を見てもいない愛満を見つめてみる。
 やがて再び答案に戻るまで延々成行は熱視線を送っていたのだが、相変わらず愛満が理解しているのかは判然としない。
「自覚は……丁度吸血鬼事件が起こり始めた頃と同じ、か。」
「そ。それまでは全然感じた事は無かったんだけど、ひと月くらい前にね……」
「きっかけの欄も空白、か。」
 言い淀みの余韻を引き取った愛満の、不満ともつかない探りに、成行は一瞬、視線を遠くに彷徨わせる。眼球はうろつかず瞳孔も変わらず光を受け止めているのに、虚ろが澱んで瞳を支配した。
「そこはほら、もっと親しくなってから、ね。」
「まだ信用がないと?」
「いやぁ、一度に全部出し尽くしちゃうと早く飽きられちゃいそうな気がして。」
 少なからず本心が混じった無邪気な弁の頃には、成行の目は再び、少し茶色い極く一般的な様子を取り戻す。
「ま、いい。それじゃ、長所と悩みが噛み合っていない問二に行ってみよう。」
 教師や面接官やインタビュアーのようにさくさく進める愛満の様子に、今度は落ち込まずに何処かほっとしたよう、成行は何を書いたのか数時間前を脳裏に蘇らせた。
 長所には、身体能力の向上が挙げられ。しかし悩みには、体育に出られない、と綴ったのを思い出し、嗚呼、の一言から語り出す。
「俺が吸血鬼になって一番初めに実感したのが、逞しくなったっていうか、肉体の変わりようでさ。実感が早いって事は、変化が顕著だって事だろ?」
 愛満は首肯しながら、素早く成行の肉体に視線を走らせ、筋肉の発達や骨格に関して一見では変化が見られない事も確認する。
「だから人前で全力を出すと人外だと悟られてしまうんだ。まだ制御が出来ない、未熟者だからね。」
「元々運動神経はよかったと聞いたけど。」
「それでも、さ。いきなり跳び箱二十段とか飛んだらまずいじゃん? でも調節しようとすると、四段も飛べなくってね。」
「人間社会と兼ね合うのは難しい、という事か……」
 頷きを繰り返しながら独りごちる愛満は、短所に挙げられた太陽と銀の回答に眉を顰めた。
「太陽が険しいなら、登下校はどうやって?」
「そりゃ、日陰を探して四苦八苦。登校は特に早朝にする事でなんとか凌いでるけど、これから日の出は早くなっていく一方だからね、実はどうしようか悩んでるんだ。」
「ふーん……太陽が危険だと判断した理由は?」
「愛満ちゃん随分と吸血鬼に御執心なんだ、太陽が苦手な事くらい百も承知だろ?」
「ただの迷信かも知れない。」
「大方の伝承、伝説で即死と言われているそれを態々我が身で調べる程、僕は疑い深くないもんで。」
「それじゃ、銀についても?」
「いや、これは、身に染みたんだ。ナイフとかフォークすら、なんだかこわくなってしまって。」
 成行がそこまで言ってから、愛満は再び熟考態勢に入ってしまったものだから再び放置されて手持ち無沙汰、思いの外白熱するディベートにいつの間にか張っていた気を抜くにはよい機会で、嘆息に似た深呼吸が渡り廊下に満ちていく。
 一体愛満は、どの程度吸血鬼に精通しているのだろうか。その知識の深浅さえ判らず、ただ吸血鬼というものに真摯である事は窺える。とはいえ大前提と呼ばれる太陽への危険にまで疑問を投げかける辺り、保護するなり共存を呼びかけるなり、というよりは謎を究明しようという立場に思えた。
 何もかもを白日の下に曝して、その後は?
「吸血鬼に関しては、元から嫌悪感をいだいてはいなかったみたい。」
 成行が考察している間に愛満の方が一段落ついたようで、相変わらずマイペースに次の欄を述べた。問三の吸血鬼という存在について、である。
「っていうか、現実味が無い想像の産物、フィクションとして題材にはされるよね、なんて、それくらいの認識だっただけなんだけど。」
「嗚呼、特にこの国はそうした創作が盛んだし。」
「そうそう、諸外国なら或いは恐れ多いともうちょっと慎重になるのかも知れないけど、少なくとも身近な事として考えはしなかったんだよ。」
「成る程ね……」
 徹夜で作ってきた自慢のアンケートを丁寧に四つ折にするとそのまま己のポケットにしまい、愛満は成行に向き直る。
「やっぱり訊いてるだけじゃいまいちだから、家までの密着取材をさせて貰っても?」
「中々方向性が定まらないね。」
 まるっきりの無駄という事ではなかったのだろうが、アンケートだけではお気に召さなかった愛満の様子に、復活した密着への希望に、出来れば面倒だという表情を作りたいのに堪えきれず笑みが漏れてしまい、殆ど快諾という形になってしまった。
「でも、今日は用事があるから、以降でいいかな。」
 その用事が突発的な衝動から生まれたものであり、あの瞬間から行ないたかったものだと愛満が理解したのは、下校中に野次馬の人だかりが取り囲む、事件現場に遭遇した時だった。





























++以下言い訳

ナリユキの日常の中に馴染み始めたマナミ。しかしあくまでも話題の中心は吸血鬼についてであり、延いてはナリユキの事とも言えるが、その話題を通じてでしか共にいられない。もどかしさ半分、であっても互いを知り合い言葉を交わせるならと積極的に詳らかにしてゆく。
それは起承転結の承。即ち次に訪れる転の時に、そんな二人の世界が変わってゆく。
どう、変わってゆく。
とか書くとちょっと次回予告っぽくて恰好よくありませんか憧れませんか嗚呼そんな事はないですかそうですか←






前回へ

次回へ

一次へ

廻廊へ