不器用なあなた。意地っ張りな私。
 そんな歌を、創ってしまうくらい。あなたを想う。いつどんな時も。

 たまには白昼夢だって見てしまうくらい。だから目の前に現れた今だって、幻かと疑ってから。
「え、ぇえ゛っ、タイガーっ??!」
 信じられなくて、叫んでしまう。





 TIGER & BUNNY fan-fiction
 2.不器用な虎と青い薔薇






「お、おぅっ。んだよ、その悲鳴は。」
 キンキン響いた耳を押さえながら、驚く私に虎徹の方も驚いているようだった。
「だっ、だって私、」
 お父さんに贈るプレゼントを一緒に探して欲しい、楓ちゃんにそう頼まれたのが、先週の事。
 四十路手前の男にも合うショップを、市内でピックアップしたリストを片手に持っているものだから、慌てて鞄にしまい込んだ。

 いや、確かに一瞬頭をよぎりはしたのだ。
 誕生日でもないし、イースターでもクリスマスでもバレンタインでもないのに、なんの名目かと。
 けれど笑ってはぐらかされたら、なんだか他人は踏み込めない家族の特別なイベントがあるのかな、なんて思えば、それ以上追究出来る筈もなくて。

「何、辛気臭い新曲といい、最近お前の元気がないみたいだからな。ここは一つ、ヒーローの先輩、人生の先輩として相談に乗ってやろうかと!」
「は、はぁっ? 何それ馬っ鹿みたい!」
 新曲を聴いてくれたんだ、という喜びと、聴かれちゃったんだ、という恥ずかしさと、聴いたのにわからないのか、という身勝手な怒りが、ごっちゃになってどうしたらいいのか、パニック状態。
「大体あんた達コンビなんだから、バーナビーに迷惑がかかるんじゃないの?」
「ふふん、そのバニーちゃんから頼まれたのさ。お前ら、いつの間にそんな仲良くだったんだ?」
「…………ふぅ。」

 大体の筋書きが見えてきた。
 楓は、真実を言えば意地を張って出て来ないだろうからと私に嘘を、逆にバーナビーは、どうせつまらないボロが出るくらいならと、初めから虎徹に、全てを告げなかっただけで、殆ど事実を伝えたのだろう。

 どういう訳だか結託した二人から、おそらくは虎徹譲りのお節介、というやつだ。
 虎徹の言う通り、世話焼きのファイアーエンブレムならば兎も角、バーナビーにそんな気を回される程仲が良い覚えもないから違和感が残るが、それよりも楓の計らい、という部分が引っかかる。

 彼女が私の事を好意的に感じてくれているのは、少なからずわかる。
 しかしそれはあくまで友人や姉妹レベルの話であって、一歩踏み込んだ、このステージへとこんなにも強引に性急に、進み出して良いものかと気が引けた。

 気に入られるとか、気を使うとか、気兼ねをするとか、そんなレベルの話ではなくて。

「いいの、楓ちゃん……?」

 一人ごちた台詞は、虎徹に届かない前提で。
 急展開でショートした私に困り果てた虎徹は、ご機嫌取りに路上販売のソフトクリーム屋に並んでいる。
「私は子供か!」
 悩んでても埒が明かないと、深呼吸、列の虎徹に鞄の角で一撃を食らわせた。
「痛っ、何しやがる!」
「何よ、元気づけてくれるんでしょ? 早く案内してよねっ。」
 どうせ訳が分からないのなら、折角お膳立てされた今を精一杯楽しんでやる、という、開き直り。





 楓との買い物デートは、服屋を見て、靴屋を見て、ランチタイム、鞄屋を見て、帽子屋を見て、お茶休憩、そのまま解散、なんて段取りを考えていた。
 虎徹とそんな買い物尽くしをしたところでどうせあの男だ、途中で飽きるだろうし、まるで、し、新婚みたいでたまらないから、さてどうしたものだろうと。
 いつもの下校や休日のよう、ゲームセンター→クレープ屋→カラオケ→ファストフードだと、あまりに若者っぽ過ぎて、虎徹はいやがるだろうか。
 理想のデートコースは、映画館でラブロマンスを観て、カフェで感想を一頻り語ってから、嗚呼、海へドライブなんて良いかも知れない。
 波打ち際ではしゃいで、夜はその岸辺が見えるお店でフレンチ、その後は、その後は……

 そうして想像も日常も夢も越えた現実には、駄菓子屋ではしゃぐ虎徹の姿が目の前に。
 空席の目立つデイゲームで虎徹の贔屓を応援したあとは、ラーメン屋で慌ただしくお昼を済ませ、腹ごなしに散歩するいつも通りの街中、その片隅でひっそり営業していた、お店のラインナップに売れ行き良好のワイルドタイガーカードを見つけて、ほくそ笑むのが現在だ。

「あんたねぇ、これ本当に私の景気づけの会な訳!?」
 たまらず指を突きつけると、ややたじろいで虎徹は目を泳がせた。どうやら自覚はそこそこあったらしい。
「そりゃあ、最初はよ? お前さんくらいの歳の子がすきそーな、らぶりーでひらひらなお店とか、ふぁんたじーな着ぐるみが出迎える遊園地とか、すとろべりーが美味いかふぇーとか、考えたんだけどな??」
「ねぇ今私の事馬鹿にしてるでしょ、絶対私の事馬鹿にしてた今!」
 言い方からして、まるっきり”お嬢ちゃん”扱いで、腹が立つ。
「まぁ最後まで聞けって。俺、もう、そんなの絶対飽きる自信があるから、そうやって怒らせるだろうなーって、流石に思ったから!」
「で、その結果がこれなの?」
「おぅっ、どうせ考えてもお前の趣味なんてわかりゃーしねぇから、だったら俺が楽しいと思う事に連れてってやろうと思ってな!」
「……おじさんくさい趣味ー。」
「あんだとぅっ!?」

 本音を言えば、そりゃ楽しいか楽しくないかは微妙なラインだけれども。
 考えてくれた、その事実がうれしかった。
 ありがちな固定観念や、ありきたりな受け売りじゃなくて、私の為を思い、少しでも元気になれるよう、虎徹の頭の中で、私を存在させてもらえた。

 たったそれだけの事で、涙が出るくらい嬉しかったから。

 押し隠すのに必死で、つい憎まれ口ばかり零れるけれど。
 それがあまりにいつも通り過ぎて、虎徹とデートをしている現実に竦むより、日常の延長で一緒にいられる今が、虎徹の日常に招待してもらえたこの瞬間が、
 たまらなく、いとおしい。

「で、〆は場末の居酒屋と来たもんだ。」
 流石にそろそろ頭を抱えてもいいのではないだろうか。
 先の紹介は、まだ優しい言い方で、実際には、ガード下の屋台というのだから、こんなもの存在自体が都市伝説だと思っていた分、逆に新鮮ではある。
 けれど、虎徹は普段、私が演奏しているバーだって知っている訳だし、非日常感の演出に敢えてそこを選ばなかったにせよ、他の”そういう店”だって選択肢にはあっただろう。
 では、それを選ばなかった理由は?
 堰を切って溢れ出しそうな不平不満や文句をぐっとこらえて、虎徹の言葉を待った。

「こいつ、多分おでん初心者だから。適当に見繕ってよ。あー味が染みてるやつね!」
 無口な店主は特に受け答えもせず注文に従っているようだった。
 愛想の悪い第一印象だが、虎徹はそこそこ常連みたいだ。
「今日は大体、俺が落ち込んだり、ちょっと考えたかったり……まぁ、一人になりたい時のコース、ってやつだな。」
「あんたにもそんな時があるんだ?」
「お前は人をなんだと思ってるんだ。」
 軽口で返しながらも、得心した。
 確かに、何も考えずがむしゃらに応援したり、さっさと食べるだけのご飯、体が覚えているから無意識に歩ける街並み等々、周囲の事を気にせず己の世界に没頭出来る段取りではある。
 その流れならば、過干渉しないこのお店も頷ける、というもの。

「特にここは、バイソンも知らない場所だからな。秘密だぞっ。」
「……えっ、バイソンも、知らないの?」
 二人が、ベテランヒーローとしてだけではなく、長年の親友であるのはヒーロー仲間全員の知るところ。
「あーいつ空気読めないからな。一人でちびちびやるには、こういうところも必要なのさ。」
 ダンディズムに酔い痴れているのやら、妙にキザったらしく振る舞っているけれど、そんな動作さえ、

 どうしよう、今は胸を高鳴らせる。

「まぁ、その、なんだ。お前も若いし、色々あるんだろうが、ん
。」
 歯切れの悪い出だしに何を言いたいのやらまるで見当がつかないけれど、今日の趣向からして、何かしら元気づけるような台詞を考えているのはわかった。
「やだ、あんたに似合わない。いい事言うのは、計算出来るバーナビーか天然のスカイハイに任せなよ。」
「……そうだな。」
 少し開いた間が、それもそうだと納得する為のものなのか、それとも不適格の烙印を押されたさみしさなのか。
 虎徹は少しトーンダウンした。
「ん、慣れない事するのはやめとく。そん代わり思ったまんま言うから、恰好つかないのは勘弁な。」
 くしゃりと、情けなく崩したその顔が、誰よりも恰好よく見えるなどとは、おくびにも出せない。
 だからせめて、少し背筋を伸ばして、真剣に聞く姿勢を示した。





 ただ素直に。今俺が、思う言葉を。
「俺さ、本当に感謝してるんだ、ブルーローズには。」
 瞼を閉じて、その瞬間を振り返る。
「あの時、マーベリックの策略でだぁれも俺を覚えていなかった時だ。」
 シュテルンビルトの風がいつもより冷たかったのを、覚えてる。
「誰も知らない、信じてくれない、一緒に戦ってきた、お前達ですら。」
 どんなに叫んでも、訴えても、届かなかった、嘆き。
「なんつーか……むなしかった、が一番近いかな? 俺達の今までって、なんだったんだろうって。」
 俺が今までしてきた事は、なんだったんだろうって。
「いやっ、仕方がないとはわかってんだよ! 俺記憶操作された事ないからわっかんないし、みんな最後にはわかってくれたから、全然気にしてないんだけども。」
 向けられた敵愾心、悪しき者を見る瞳。
 決して向けられる筈がないと思っていた、その正義の刃が、どれだけ痛く、恐ろしいかを思い知る。

「お前だけは、信じてくれただろ。」

「で、でも別に、思い出したんじゃないし! 自力では、バーナビーしかあんたを思い出せなかった。楓ちゃんがいなかったら……」
「馬鹿だなぁ、だからだよ。」
 馬鹿なんて、うっかり口にしてから慌てたけれど、ブルーローズは変わらずただ黙って、俺の続きを待っていた。
「わからなかったのに、俺との関係なんて、思い出せなかったのに、それでも俺を、信じてくれた。」
 迷いながら、戸惑いながら、それでも、確かに。

「俺の言葉を聞いて、俺を信じてくれた、もう一度。」

 世間が許さなかった俺を、その存在を、許してもらえた。
 それはもう一度、この世へ生まれ落ちたかのような。

「さんきゅ、なっ。」
 照れ臭くて笑い飛ばしながら、頭をぽんぽんと撫でても、その手は邪険に払われる事はなく、寧ろなんだか固まったまま動かなかった。
「え〜と、つまり、だから、なんだ! その恩人に、俺が出来る事があったらなんでもやろうとだなぁ、思っていたなんかしたりして、そんだから、」
「もういいよ。わかった、わかったから。もういい。」
 ぐだぐだな俺の言葉を遮った、俯くブルーローズの声は少し涙混じりだったから、怒っているのではないようだ。
「元気のないお前なんて、さみしいじゃないか。」
「ちょっと、セット崩れるからいい加減やめてよっ。」
 少しは通じていればいいと、撫で続ける手は遂にはたかれたが、どう考えてもただの照れ隠しだったから、最後に大一番掻き乱して、豪快に混ぜ返してやった。

「ま、変てこな一日だったから、気分転換にはなったわよ。」
 楽しかった、と言わないところが意地っ張りらしくて思わず吹き出すと、じろりと睨まれてしまった。
「バーナビーに宜しく言っといて。今日は、ありがとうって。」
「礼なら自分で言えよ。」
「私、他にも言わなきゃいけないところあるから。」
「???」
 今一つ会話が噛み合っていない気もするが、何処かしょげてはため息ばかりだったここ最近の中ではとびきり一番の笑顔だったから、我が目的は達成した、という落としどころはありだろう。
「やっぱりお前には、そういう、笑ってるのが、似合ってるよ。」





































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